出火直後の医学部サークル棟
サークル棟の火元責任者である医学部厚生委員長の百々教授によると、午前5時40分ごろ、火災報知機により警務員が火事に気づいたときには、すでに一階東側の玄関からは煙が上がり、中を開けると炎に包まれていたという。出火当時、サークル棟内は無人で、けが人などはなかった。出火原因は、失火、漏電、不審火などが考えられるが詳しいことはわかっていない。
サークル棟は、午後9時に警備員によって施錠。その後は、学生が警備員室まで鍵を借りに行かなければ棟内に入ることはできなくなっていた。出火前日の夜は、卓球部の学生が夜中の2時近くまでおり、こたつを使っていたが、そのときは異常がなかったという。なお、卓球部室は火元とされる2階の東側部分からは離れており、火元ではないことがわかっている。
今回の火災で、部室に置いてあったものが多数燃えた。特に被害額が大きかったのは、星陵室内楽団の楽器等500万円、医学部剣道部の防具等500万円などだが、厚生委員会でも全体の詳しい額はつかめていない。全体で数千万円にも上るのではないかと推測されている。この他にも、研究用の書物、資料や、大会で持ち回りの優勝旗、トロフィーなども焼失した。
火災のあった医学部サークル棟は、昭和20年、医学部応用生理学教室の研究室として建てられた。その後、医学部1号館が建設されて同教室が移動すると、医学部のクラブ活動の部室として使われるようになっていた。出火当時は31の医学部サークルが入っていた。