東北大学新聞:

脱カップヌードル宣言 僕の豚汁大作戦

友人「今日昼何食った?」
僕「ん、貧食でカレー」
友人「おまえまたカレー食ったのかよ。カレーばっかだな」
(289号4面・その他)


 これと同じ内容の会話を、一体何度繰り返したことだろう。それほどカレーをよく食べた1年だった。一人暮らしをすることが、まさかこんなにカレーを食うことだとは思わなかった。

 これは僕のケースであって一人暮らしでもカレーを食わない奴はたくさんいる。特別カレー好きでもない僕がどうしてそんなにカレーを食うのかと言えば、単に面倒くさがりで、食べるものにこだわらない性分だからだ。カレーは安価だし、一食のカフェテリアのように何を食べるか迷う必要もない。おばちゃんに「カレー中」と言えばいい。空腹が満たされればそれでいいのだ僕は。

 という考えのまま夏休みに突入したところ、僕の食生活は壊滅的になった。出無精でもあるため大学にわざわざ来て食うなんてことはほとんどせず、食料は買いだめして細々と食いつなぐ、というスタイルが定着したのだ。カップヌードルはそんな僕の強い味方になった。ごそっと買ってきて、こればかり食べていた。その空カップを捨てずに積み重ねていったら、あっという間に50センチぐらいの高さになった。積み上がったカップを眺めながら、もっと高くしてみたいと思うと同時に、バベルの塔の話を思い出し、ちょっとしたジレンマに陥ったりもした。結局カップの塔は捨てた。一般にカップラーメンは体に悪いと言われているし。最近では白いご飯にお茶漬か納豆、おかずは当然無し、というのが基本線になっている。

 これまで述べてきたような感じでずっと暮らしてきたが、ようやく転機がやってきた。つい先日先輩に「そんなんじゃ精力つかんぞ」と言われ、その一言で少しは考えるようになったのである。確かに炭水化物ばかりの食事で、生協風に言えば黄色一色だ。こんなのが続いたのではいつかバイアグラに頼る羽目になるかもしれない。それは嫌だ。解決策を打たねばならない。カレーは控えて一食の長い列に並ぼう。家での食事はどうする。こちらも改善しなくては。そこで思いついたのが豚汁作戦である。これなら赤も緑も取れそうだし、わりあい簡単にできるだろう。

 作戦決行を決意した翌日、僕はすぐ近くにある割にほとんど行かないみやぎ生協へと足を運んだ。豚汁の材料って何があるんだろう。母親の作ってくれた豚汁を思い出しながら材料を籠に入れてゆく。皮がすでに剥いてある里芋、脂身ばかりの豚肉、えのき、椎茸、白菜、最後にきぬごし豆腐。醤油は入学時に買ったのがそのまま残っているから買う必要無し、と。いろいろ買って家に帰るとすぐ、材料をざくざく切って、沸騰したお湯にぶち込んだ。醤油を入れるとき、どれくらい入れればいいのか分からなかったが、悩んでもしょうがない、とドボドボ入れた。

 蓋をして20分。いい匂いがする。豚汁の匂いをいい匂いと思ったのは初めてだ。蓋をあける。もわっと湯気が出た後、僕の視界に入ってきたのは、なんだか汚らしい茶色のごちゃごちゃだ。まあいいさ。料理は外見じゃない。肉をおたまですくって食ってみる。「豚汁だ」僕はつぶやいた。

 「豚汁を作る」たったこれだけのことなのに、1年かかったわけである。しかし、僕の汚らしい豚汁は、まともな食生活への第一歩となるであろう。たかが豚汁、されど豚汁である。僕の中で真っ暗だった方角に、か細い道が示された気がした。

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