書評私の美の世界森 茉莉 著
森茉莉とは、明治の文豪・森鴎外の娘であり、作家である。しかし、世の中にあまり知られていない。父・鴎外との思い出を綴ったエッセイ 『父の帽子』は日本エッセイスト・クラブ賞を受賞し、小説『甘い蜜の部屋』は泉鏡花賞を受賞している。にもかかわらず、である。著者のエッセイの記述から推測するに、それは彼女が文壇に受け入れられなかったためかと思われる。確かに彼女の作品はいささか倒錯的で、五十を過ぎた老女(心は少女なんだが)が書くにはセンセーショナルな内容だった。保守的な当時の文壇を考えると、そうなって当然であろう。しかしそんな中にも彼女の才能を認めてくれた作家も少なからずいた。三島由紀夫や室生犀星などは随分彼女を可愛がっていたようだ。 (313号)
森茉莉の作品は、これでもかというほどブルジョワ的な耽美の世界である。この彼女の美的センスは、二十代の時の欧州周遊によって培われたものといっても過言ではないだろう。彼女はフランスかぶれだ。『私の美の世界』というエッセイの中でもそれは遺憾無く発揮されている。例えば、彼女の大好物である卵について述べている箇所などはこうである。
「真っ白な卵の表面は、かすかな凹凸があって、新しく積もった雪の表面や、平らにならした白砂糖を連想させるし、またワットマンなぞの上等の西洋紙やフランスの仮綴じの本のページにも似ている。赤みがかった殻もきれいで、そのごく薄いのは、弁柄色をした土の上に並んでいたスペインの家々の壁の色を思い出させるし、またいくらか薔薇色をおびて、かすかに白く星のあるのは最高に美しい」。
卵の話ひとつとっても、全く出し惜しみのない、まさに言葉の贅を尽くして描いてくれるのが森茉莉という人である。このエッセイを読むと日常の細々としたもの―卵や硝子、麻など―が、突如として
神から選ばれた特別な美を持った、とても魅力的なもの変わる。よってこのエッセイは、次々と喚起される美しいイメージに酔い痴れながら、言葉の一つ一つを噛み締めるように
して読むべきなのである。
このエッセイのもう一つの見どころは、森茉莉という人の一風変わったゆかいな言説である。鴎外に溺愛されて育った箱入り娘である著者は、常識を超越している。想像力に富んだ、愛らしい性格の誇り高いお嬢様なのである。北杜夫がした「天衣無縫」という表現が一番適切かもしれない。このエッセイの「反ヒューマニズム礼賛」という章ではその茉莉センスを爆発させ、気に入らないものをけちょんけちょんにやっつけている。主な標的は吝嗇(けち)臭い偽物のヒューマニズムで、論そのものも鋭くておもしろいが、さらにそれよりも、著者の文章が怒りに満ち溢れているのがとてもおもしろい。
「全然感情がなくって、生理的、sex的昂揚でのみ涙し、泣きつつわめく(義太夫や浪花節、新派なぞの涙と絶叫)、所謂庶民は、死んでも絶対可哀そうじゃないわ」。
凡人にはなかなかここまでは言えない。この意地悪さと度胸も彼女の魅力の一つなのである。
『私の美の世界』は幸福の種である。あの美しい描写がいつまでも心の中に残り、ふとした瞬間に幸せが花開くのだ。
