東北大学新聞:

熱血<寄稿>俺の就職活動体験記地方新聞社内定 K.Oさん 活動時期・学部三年十二月~四年五月

携帯電話の着信音が鳴ったのは、帰省先から戻る途中の新幹線の車内だった。 (314号)

「内定ということに決まりましたので…」

「ありがとうございます!」 思わず立ち上がって網棚にしたたか頭をぶつけながら、俺は電話口に向かって何度も頭を下げていた。

◇ ◇

「マスコミに就職したい」。いつの頃からか、そう考えていた。他業種に輪をかけて採用数が少なく、厳しい戦いになるのは分かっていた。覚悟はしていたつもりだった。

甘かった。

「残念ながらご縁がなかったものと…」。その言葉を何度聞いただろう。エントリーシートと筆記試験は各社とも通過する。しかし一次面接で全て不採用。気づけば民放キー局・全国紙・出版社は全滅だった。俺を尻目に、同級生は続々と内定を決めていく。

焦りを抱えた中で受けた、某国営放送の最終面接。手応えはあった。「結果は三日後に連絡します」。ここまできて不採用はないだろうと思いつつ、俺は家路に着いた。

三日後。俺の電話が鳴ることは、一度もなかった。

張りつめた気力が、崩れ落ちる音が聞こえた。涙も出なかった。「人生、最後まで分からない」というテレビのせりふが聞こえた。俺は苦笑いを浮かべながら呟いた。「最終までいったのにな。本当、分からないものだな」。

数日たって、やっと気持ちを切り替えた。大手はすでに終了し、ずっと採用数の少ない地方マスコミしか残っていない。しかし、もう怖いものはなかった。

「今年だめでも就職浪人してやる。絶対に内定を取る」。俺は覚悟を身体に刻み付け、ある地方新聞社の採用試験に臨んだ。

五月九日、筆記試験。ご当地のマニアックな問題が大量に出題された。通過。

五月十五日、一次面接。緊張感の漂う、三対六の集団面接(二回)だった。「三日間自由に取材できるとしたら何を取材するか」と聞かれ、さらに「初日、二日目、三日目に分けて、どう取材するか話して」。戸惑ったが、何とか答えをひねり出した。通過。 五月二十二日、最終面接。九対一の個人面接だった。「報道で地域に貢献したい」という想いを熱く訴えた。「だめだったら」などとは少しも考えなかった。

最終面接から四日後、内定。就職活動五ヵ月目にして迎えた、歓喜の瞬間だった。

◇ ◇

エントリーシートがどんなにおもしろくても、筆記試験の成績がどんなに優秀でも、やはり最後はやる気がものを言う。「自分はマスコミという舞台でこういうことがしたい」と、自信を持って語れる者が、最後に笑えるはずだ。そう俺は思う。

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