退官教官インタビュー理想に近づくための二十年
未来科学技術共同研究センター教授 大見忠弘 (315号)
――退官するにあたって思うことは
あまり退官するという実感がないですね。ちょうど四十歳前後の頃に、半導体技術のあるべき理想の姿を考えましてね。で、それを頭の中に描いておいて、その当時の半導体技術を見てみたんですよ。分かりやすい表現として、未来から今を見る、という思考形態だと言いますけど。で、その理想の姿と当時の技術というのはあまりにも違う。
やっぱり自分の理想とするものに一歩でも近づこうと思いますよね。それで、その理想を作るためにどれだけ沢山の課題があるか、というのを抽出して、この二十年間でこなしてきました。つまり、理想のものを作るために今までに無かった新しい技術を生んできたわけです。それで今は、準備が全部整って、これから本丸攻めだ、という感じです。
――本丸攻め、とは
これからは、未来科学技術共同研究センターの中に新しくできた未来情報産業研究館に移りますが、そこでものすごく強い半導体産業を作ってやりたいんですよね。今まではやりたいことがあっても、技術が足りないから手も足も出なかった。その技術を全部作り上げたわけですからね、準備が整ったという思いは強烈なものがあります。
それらの技術は未来情報産業研究館に全部結集して、一箇所にシステムとして集積化しました。技術というのはバラバラにあってもあまり力を発揮しない、システムとしてまとめないといけない。それがあの研究館です。あれは私たちの提案で、これからの半導体技術をこうしよう、というオファーに対して賛同して下さった企業からの寄付で作りました。あの研究館を舞台にして寄付して下さった方々に恩返ししていきたい、というのもありますね。
――そのほかにやりたいことは
半導体のほかにはデジタルディスプレイをやります。日本というのはGDPが五百兆円あるんだよね。そうすると何百億円とか何千億円とかのビジネスを起こしても大勢には影響が無いんですよ。国が変わったという実感を与えるためには何十兆円というビジネスを起こさないといけない。
その一つが大型のデジタルディスプレイ、テレビです。三十インチ以上のテレビを二十万円以下で売って、世界で三億台買ってもらえれば、売上は四十兆円、日本が元気になりますよね。やっぱり日本を元気にできるようなビジネスを頭に描いて、そのための仕事をやろうと。その手始めがテレビです。目標を明確に持つ、ということも仕事の仕方の一つなんですよ。
――研究生活の中で得たもので一番大きなものは
目指したものをやり遂げる楽しさですね。一つでも不十分なところがあると目標に到達しませんからね、一つもやり残しがないように万全の体制で臨んでやり遂げていく。あのときの痛快さ、というのはなかなかないですよね。もちろん苦しいことも沢山あります。でも前向きの苦労というのはどんなに辛くたって、どうってことないですよ。誰にもできないようなことをやり遂げるという痛快さ、それを若い人にも味わってほしい。
――教授自身の学生生活についてはどうでしたか
一人でやりぬいていく強さっていうのは大学院のときに身につけたね。新しいことに挑んだら、自分がやっていることは間違いなく正しいか誰も教えてくれないんですよ。議論してくれる人もいない、褒めてくれる人も構ってくれる人もいない。自分で自分の心に火をつけなきゃいけない。自分の学者としての信念だけなんだよね、支えになるのは。
それで、新しいことをやるのも怖くなくなるんですよ。みんながやっていることに関しても将来がないな、と思って誰もやってなかったことをやり始めたんだよね。新しいことにいつでも挑み続けていると、こっちの方が可能性があるっていう研究者としての勘、それが研ぎ澄まされてくるよね。
――これからの学生に望むことは
世の中の閉塞状況を自分たちの力で変える、という気迫を持ってもらいたいですね。そのためには勉強して、実力をつけないとぜんぜん通用しないですよ。だからひたむきに勉強して、一人一人の能力を磨いてほしい。今こそ若い人のそういった気迫が求められているのではないでしょうか。一生進歩し続ける、そういう人に育っていってほしいですね。
それと自分の人生のデザインというものを、なるべく早く描く。どういう人生を自分は送りたいのか、何になりたいのか。そしてそのために必要なことを休まずしっかりやってほしい。人に決めてもらうのではなく、自分で決める。素直に、自分に忠実に生きていく学生になってほしいですね。
