編集後記
先日、小中学校でいっしょだった友人たちとお酒を飲む機会があった。久しぶりに会う、懐かしい顔々が集まり、近況を語り合った。親の仕事を継いだ者、大学に通う者、消防士になった者、外国に行ってしまった者、フリーターになった者。既に子供がいるという者もいた。 317号
▼高校はいわゆる進学校に通い、周りがみんな大学に行くのが当たり前である世界で生きてきた。自分の価値観とは違う価値観を持った世界で一生懸命生きているかつての級友たちは、自分にとっては新鮮に見え、また今では遠い存在になってしまったと実感させられてしまった。
▼「一人暮らしがしたい、人間的に大きくなるんだ」と、わがままを言い、実家から通える都内の大学ではなく、遠い東北大学に進学した。そして新しい生活が始まって一年が過ぎた。仙台の暮らしにも慣れた。この一年で自分はより成長できたか。この身に吸収したものはあっただろうか
▼答えは半分イエス、半分ノー。確かに、バイトで得た礼儀作法やサークルでの仲間を得たことは実際に自分を一回り大きくしてきた。しかし本業である勉強の方はこの一年おろそかだった。私の祖父は、孫が旧帝大に合格したことで、大きな期待をかけ、特別に目をかけてくれた。期待に心ならずも裏切ってきたという罪悪感がある。親に学費を出してもらっていったい何をしてきたのか。自分の生活を振り返りながらこんなことを考えると、様々な疑問が沸いてきて、自己嫌悪に陥った。
▼二十歳になって、自分の生き方、将来の展望を考えることが多くなり、身の回りの出来事に目が行くことが増えた。同窓会はそんな自分の視界をさらに広げてくれるものとなった。
