編集後記
祖父がぼけた。祖母は近所への体裁を気にして、彼を家から外へ出さない。319号
家族は、祖父の話題を避けるようになった▼記憶障害、認識障害、幻覚・幻聴、鬱状態…。老人性痴呆症の症状は挙げればきりがない。感情の波が激しくなり、生きてきた中で身に付けた生活様式を忘れ、自分や家族のことが分からなくなる。祖父と私たち家族が共有してきた生活は、明日には祖父のものではなくなっているかもしれない▼ぼけることは若返ることだという。しかし、人生という長い歴史を持つ祖父を、子供として扱うのは抵抗がある。これから祖父をどうやって認識すればいいのか。家族の誰もが戸惑っている。皺だらけの子供に愛を注げるような広い心なんか持っていない。だからといって、彼を邪険にすることもできない▼祖父が痴呆症になってから、有吉佐和子の小説『恍惚の人』を読んだ。それは痴呆症にかかった舅を介護する嫁の話だった。自分をいびってきた大嫌いな舅が、子供のように甘えてくる。その気持ちの悪さと、介護の辛さ。彼のために生活と精神は乱れていくが、やがて舅の死の瞬間には嫁はまるでナイチンゲールのように献身的になっている。結局、彼女は舅の母になることを受け入れた。ハッピーエンドだ。うらやましいと思った▼現在、二十歳である私が、八十年近く生きている祖父にどんな言葉を掛けるようになるのか。それを考えるのは憂鬱だ。痴呆が進む祖父と向き合わなければならない生活は、果てしないもののように思える。痴呆老人に見られる徘徊や失禁を繰り返し、いずれ祖父は死ぬだろう。そのとき、私は清々しい顔をしているだろうか。やっと終わったと思うだろうか。
