編集後記
今年は冬の訪れが早い。もう、雪も降った。ある晩のこと、鍋でも作って暖まろうと思ったが、家に誘うような親しい友人などいない。作れない。そこまで心を許せない▼ 321号
大根やら白菜やらに鳥を、土鍋にいれて温める。腹を空かせた客もいない。ゆっくりと温まっていく鍋を、しばらく呆けたように見る▼
こんな時、普通は何をするのだろうか。恋愛相談でもして盛り上がるのだろうか。僕は鍋に向かって打ち明けた。「大学一年次から三年間、想い続けている人がいる。しかし、その人にはすでに相手があり、決して叶わぬ想いである」▼
鍋が何かを答えるはずはない。僕は鍋の代わりに答える。「告白してしまえ」「嫌われたらどうする」「さっさとけじめをつけろ」「そんなことは出来ない」「臆病者が」「ああ、そうだ。けれども忘れることがどうしても出来ない」「馬鹿野郎」「ああ、大馬鹿だ」会話が弾む▼
その内に鍋が出来あがった。食えば自然と独り言も止まる。まずくもないが、大してうまくもない。黙々と食う。食いながら考える。「どうにもうまくいかない。人を相手にすると言葉が自然に出てこない」臆病ならば勇気を奮い立たせればいいだけだ。問題はそれ以前に、言葉が出せないことだ▼
自分は、自らに無力で卑怯な人間だ。しかし、だから一人でいろ、というのは、残酷ではないだろうか。私は時間が解決すると鍋につぶやき、テレビをつけた。無力で卑怯な逃げ道だ▼
一連の独白の間、僕はずっと一人で笑っていたのだと思う。いつもより大きな声で笑う僕は、離れた所からみると、少し気味が悪い。しかし、怒ろうにも、哀れもうにも、無力さばかりがただ募る。今すぐどうしようもない話は笑うしかない。
