書評 卍(まんじ) 谷崎潤一郎 欲望の中に美を求めて
「私の心が芸術を想う時、私は悪魔の美に憧れる。私の目が生活を振り向く時、私は人道への警鐘に脅かされる」谷崎潤一郎の文学のすべてはここにある。 322号
谷崎は、自ら認めた美を芸術として主張する耽美派の作家であった。ただ、ほかの耽美派と一風変わっていたのは、谷崎の認める美が変態的趣味を孕んでいたという点だ。この美意識を持って生きることは良識的な価値観への反逆に値し生涯、谷崎を苦悩させた。
『卍』は、谷崎の美を追究する姿勢を色濃く反映した作品である。ここで描かれているのは、主人公・柿内園子と絶世の美女である徳光光子の間に芽生えた同性愛だ。
園子は光子を如来の化身のように崇拝し、光子は園子を「姉ちゃん」と呼び、甘えた。背徳的な二人の愛は、やがて光子、園子、園子の夫との絶望的な三角関係へと発展する。疑心にまみれ、お互いを束縛し合う愛。その異常な生活に疲れ切った三人が、最後に選んだものは死であった。
谷崎は、人が持ちうる欲望を思うままに展開させる。理性の抑圧を受けず、欲望が増長していく様は、谷崎にとって感性美そのものであった。嫉妬、虚栄心、優越感、そして抑えきれない情熱。すべてが『卍』の世界では愛という形でヒステリックに語られる。
谷崎は、園子の光子に対する憧れの気持ちが、征服の喜びへ変わっていく様子を、園子に「わたしはいっそ残酷に引きちぎってやりとうなって、夢中で飛びついて荒々しゅうシーツ剥がしました。わたしはとうど思い通りにしてやった云う勝利のほほえみを、――冷ややかな、意地の悪いほほえみを口もとに浮かべて…」と言わせることで表現している。そして園子が、光子の体を目にしたとき、征服の喜びは光子の美しさに対する崇拝と嫉妬へ移り変わっていくのである。理性を失って、欲望に身を任せる人々。これが谷崎の考える美の姿だ。
しかし、ただ谷崎の美意識を描くだけでは、単なる猥談である。これでは谷崎の中に美として沈潜する性欲を吐き出したに過ぎなくなってしまうからだ。自らの変態性欲を純文学として表現するため、谷崎の感性美は芸術へと昇華される必要があった。
そこで谷崎が利用したのが大阪独特の言い回しである。大阪弁の中に日本の伝統美を見いだした谷崎は、『卍』の文体を大阪の女・園子の語り口調で描いていった。
谷崎は『私の見た大阪及び大阪人』の中で、次のように書いている。「東京の女は大胆で、露骨で、皮肉や揚げ足取りを無遠慮に云うから張り合いがあるけれども『女』として見る時は大阪の方が色気があり、魅惑的である。たとえば猥談などをしても、大阪の女はそれを品よくほのめかして云う術を知っている」大阪の女の艶っぽい声によって、ただの猥談は上品で官能的な芸術に変化する。『卍』において「感性美と伝統美の結合」を実現こそ、耽美派の谷崎が目指すべき道であったのだ。
しかし、いくら感性美と言おうが、伝統美と言おうが、谷崎の美学を裏づけるものは所詮、変態的欲望である。現実社会に、持ち込めるものではない。『卍』の中で見られる欲望の解放による倫理からの逸脱を、後に谷崎自身も経験することとなる。その代償は谷崎にとって、あまりに大きいものだった。
『卍』が完結してから二年後、谷崎は妻・千代子を持つ身でありながら、その妹の妖しい魅力に心惹かれていく。ここで谷崎は千代子に想いを寄せる友人・佐藤春夫に妻を譲るという約束をした。しかし、妻とその妹のどちらも手に入れたい思惑から、谷崎は約束を破ってしまう。結局、佐藤との絶交という結果を生んだ自分の行動に、谷崎は深く後悔した。この出来事は妻君譲渡事件として、谷崎の文学思想を語るのにしばしば使われる。
『卍』の世界で、苦悩から逃げ出すため、掲げられた道は死であった。ここで死は、倫理観から迫害によって辿り着く極致として提案されている。現実世界で欲望に流されて生きることはさまざまな軋轢を生じる。だからこそ、谷崎は『卍』で自分の美意識である欲望を徹底的に追い求めていった結末として死を用意したのだろう。
生々しい人間の欲望にひたすら美を求め続ける谷崎の主張は、いかに生きるべきかの問いかけにはならない。思念と官能を重ねた、ただの美への陶酔だ。これが谷崎作品『卍』である。
