東北大学新聞:

寄稿 仙台での一人暮らし 法学部二年安田浩章

今からちょうど一年前の春、僕は仙台駅のプラットホームに降り立った。僕にとってこれが二回目の仙台。入試で訪れた時と違ってなんだか小さな街に見えた。 お祝い号9面・大学


僕の胸の中は合格の嬉しさと誇らしさでいっぱいだった。親元を離れ一人で暮らす事への不安や寂しさは全く感じられなかった。むしろ、親に甘えてきた自分からやっとおさらばできるとせいせいしていた。今振り返ってみると、そうして無理にでも不安や寂しさを忘れようとしていたのかも知れない。

いよいよ仙台での一人暮らしが始まった。高校時代からずっと憧れてきた一人暮らし。しかし、実際に始めてみると、家に一人でいても食って寝るだけだった。そのため、暇つぶしは高校時代の友達との電話やメールばかり。その頃はまだ、三度の食事は自炊をしていた。張り切って、近所のスーパーに買い出しに行って作った男の料理。味はなかなかのものだったが、一緒に食べる人がいないというのはとても寂しかった。

入学式に生まれて初めて着たスーツ。ネクタイも本を見ながら苦労して締めた。初めて地下鉄にも乗った。会場は初々しいスーツ姿で溢れていた。サークル勧誘の多さには驚かされた。

入学式も終わり、いよいよ授業が始まった。高校とは違って大学にクラスはない。自分の席も決まっていない。その上、授業毎に教室も学生も変わる。

授業の形式も内容も高校までと全く違って戸惑った。高校までのように簡単に内容が理解出来ない。僕は教授の教え方が悪いからだと思い込んでいた。しかし今思えば僕のわがままだった。授業内容が分からないのは、教授でも誰のせいでもない。僕が怠けていたせいだ。

大学に入った当初、僕は孤独だった。僕の生まれは山陰地方だ。地元の高校時代の友達なんてここにはいない。でも、講義を休もうとは思わなかった。それは講義が面白いからというよりも、暇を持て余すことが怖いからだった。

一日の授業が終わると何をするでもなく家路についた。帰宅しても、外出するのは夕食を買いに行くだけ。献立はいつもコンビニ弁当とお茶だった。部屋の中にいても、テレビを見たり、読書をしたりして、だらだらと過ごしていた。そんな日常を送りつつ、思うことはいつも故郷のことばかり。何度帰ろうと決心したか知れない。なんでこんな所へ来たのだろう。何度も後悔した。

授業が始まって二週間、僕の学部でパーティが催された。このパーティには毎年、一年生のほとんどが参加するらしい。友達を作るには絶好の機会だ。参加費は六千円と高かったが、僕は参加することにした。

パーティ当日。会場には百五十人程集まっていたと思う。一次会はビルのホールを貸切っていた。テーブルはくじで決まった。僕のテーブルには十人程いた。みんなお互いのことを知らないようで、会話も始まらない。しかし、袖触れ合うも他生の縁。こんな場ではお国自慢から始まるものだ。いろんなところから、皆やって来ていたので、知らない土地の話ばかりだった。いつの間にか話は弾んで、やがて皆が意気投合した。その後、  僕らは二次会、三次会とさらに盛り上がった。

その日から、僕の日常に変化が生れた。講義を友達と一緒に受けるようになった。反対に、講義にも出ないで友達と過ごすこともあった。この頃からだろうか。一人でいても孤独を感じなくなっていた。僕には気の知れた仲間がいる、そう思えるようになったからだ。

かつての支えだった両親はもう側にはいない。しかし今では、仲間が両親の代わりとなっている。甘えられるわけではない。料理を作ってくれるわけでもない。しかし、日常生活での悩みや将来への不安を打ち明けることができる。一人で悩んでいても仕方がない。人に話すことで少しは楽になるものだ。  

何度も去ろうと思った仙台。一年たった今では、仲間のおかげで僕の第二の故郷になりつつある。

新入生の君も入学したての頃は孤独に見舞われるかもしれない。でも、昔の僕みたいに仙台に来たことを後悔しないで欲しい。孤独なのは君だけではないはずだ。ちょっと勇気を出して、近くにいる同級生に話しかけてみよう。友達さえ出来れば、仙台での暮らしもきっといいものになるはずだ。 


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