退官教官寄稿 オックスフォード体験記 国際文化研究科教授 大友義勝
これまでにイギリスのオックスフォードに二度滞在したことがある。一度目は、一九八九年四月にブリティッシュ・カウンシル主催の「海外における文学教育に関するオックスフォード会議」に出席した時で、二度目は、一九九三年九月から翌年三月まで約半年間文部省在外研究員としてセントキャサリンズ・コレッジで研修した時である。324号
「オックスフォード会議」は、トリニティ・コレッジで開かれ、三十二ヵ国から四十一人の参加者があった。「言語を基礎にした文学教育をいかに実践していくべきか」を中心テーマとして、会議は一週間にわたり、この間コレッジの一室を与えられ、朝昼晩の三食をダイニング・ホールで供される、学寮生活を体験した。会議の合間には「案内付きオックスフォード徒歩巡り」やストラトフォード・アポン・エイボンへのシェイクスピア観劇行も折り込まれていた。最終日の晩には、ダイニング・ホールでの特別の晩餐の後、その脇にあるバーで自然発生的にお別れの会が生まれ、参会者がつぎつぎとそれぞれのお国柄を反映した歌や踊りやジョークなどを披露して楽しく忘れ難い一時を過ごした。
オックスブリッジの独特の教授法としてチューター制が知られているが、セントキャサリンズ・コレッジで在外研修をした折、その一端を体験することが出来た。チューターになって頂いたのは、イギリス・ロマン派の詩人ウィリアム・ワーズワスの子孫でもある、ジョナサン・ワーズワス博士である。オックスフォードはミクルマス(秋学期)、ヒラリー(春学期)、トリニティ(夏学期)の三学期制で、一学期は八週からなっている。私の場合、ミクルマスとヒラリーの両学期、一方で幾つかの講義に出席しながら、毎週月曜日午前十一時から一時間ワーズワス博士の研究室に出掛け、個人指導を受けた。毎回、設定したテーマに従って前回以降行った作業の結果を報告し、研究の展開方法などについて有益な示唆を頂いた。一般の学生とは違うので、具体的な細かい支持はあまりなかったが、イギリス・ロマン派研究の第一人者である、ワーズワス博士に、このように直接自分の考えを述べ、日頃抱いていた疑問を質す機会を持てたことは貴重な体験であった。オックスフォードでは、このチューター制が、学問研究にとって必須の特質である、学生の自主的思考の習慣を育成するものとして最も重要な役割を果している。
二度目のオックスフォード滞在中に、ウォッダム・コレッジのタウ・タウ・リュウ博士にコレッジ晩餐会に招かれたことがあった。博士のゲストとしてハイ・テーブルでフル・コースの晩餐を供された。各コレッジには、創設者やそのコレッジ出身の、例えばノーベル賞受賞者のような著名人の肖像画が回りに掲げられ、天井が高く、厳粛な雰囲気を醸しだしているダイニング・ホールがある。学生が食事をする、細長いテーブルとベンチが三列あり、正面に一段高くなってハイ・テーブルがある。ハイ・テーブルにはガウン姿のコレッジのフェロウとそのゲストが座り、学寮長がラテン語で食前の祈りを唱えることで晩餐は始まる。晩餐は七時半頃から始まり、一通り食事が終わると、学寮長がまた食後の祈りを唱え、それが済むと学寮長をはじめとして、フェロウとゲストが立ち上がり別室へ向かう。その間一緒に食事をしていた学生たちも立ち上がり、われわれを見送る。別室にはローソクが灯され、各種のアルコールと果物が用意されてあり、それを飲食しながら暫く談笑する。この後、九時四十分頃になっていたが、更に別室へ移り、今度はコーヒーが出されて、談笑が続いた。お開きとなって、コレッジを出た時には十時半を過ぎていた。リュウ博士以外は皆初対面の人たちであり、食事と会話を満喫したとは言えないが、思いがけず得難い体験をすることになった。リュウ博士とは、この後博士が、東北大学言語文化部で開催された「魯迅仙台留学九十周年記念国際学術・文化シンポジウム」に招かれ、来日された時に仙台で再会した。
リュウ博士から頂いたウォッダムのコレッジ案内には、「高きを目指すことによって失うものはほとんどなく、得るものはたくさんある」とある。重厚で美しい建物に囲まれた、コレッジの静かな中庭に佇むと、オックスフォードで学ぶことの喜びが自ずと湧き上がり、学問することへの強い意欲をかき立てられる。それと同時に、永年にわたってこのように素晴らしい教育・研究の伝統を築きかつ維持して来ている人々に対し深い尊敬の念を抱かざるを得ない。
