退官教官寄稿 「東北大での十七年」 工学研究科教授 中村尚司
私が東京大学原子核研究所(核研)からサイクロトロン・ラジオアイソトープセンター(CYRIC)教授に転任したのは、一九八六年(昭和六一年)七月です。子供が中学に入っていましたので家族は東京 に置いたままの単身赴任生活となり、以来現在に至るまで十七年にも及ぶ単身赴任となりました。324号
来た当初は、研究室には山寺助手(現弘前大学教授)と大学院生(修士一年)一人がいるだけのひっそりしたもので、しかも家族と離れての生活は慣れるまで大変でしたが、だんだん慣れてきますと単身生
活も楽しいものです。昼食と夕食を学生たちと一緒に生協で食べ、粗食を十七年間続けたことがかえって健康に良かったのだろうと思っています。
私の研究室はCYRICの放射線管理部に所属し、全学の放射線安全教育訓練、全学の放射線管理の統括、CYRICの放射線安全管理と教育訓練、ラジオアイソトープ施設の全学共同利用の世話とい
った重要な責務を持っているところです。毎年春と秋の二回新規放射線取扱者への教育訓練を行なうのが大きな行事であり、その参加者も当初の三百人位から最近では五百人を越えるようになっています。
そのため、大学の中のいろんな部局の人と知り合いが出来て、こちらが知らない人からも講義を聞いたと声をかけられることがあります。一方で
は、工学研究科の原子核工学専攻(現在は量子エネルギー工学専攻)の協力講座になっていて、毎年学部四年生と大学院生を二、三人ずつ受け入れてきました。
一九九九年(平成十二年)十月にCYRICから工学研究科量子エネルギー工学専攻に転任しましたが、もともと協力講座として所属していた専攻なので違和感はありませんでしたが、教授室も研究室も両方にあって行ったり来た
りが大変でした。幸い私のところは研究に熱心な真面目で優秀な学生が集まってくれて、博士課程にはほぼ毎年進学し、社会人学生も多く、昨年度は博士課程の学生が十四人も在籍していました。今年度は最後の年ということもあって、
一年間で八人もの博士の学位を取得してもらいました。研究の面で特に印象に残っているのは、一九九八年から二〇〇二年にかけてイギリスのラザフォード国立研究所とアメリカのスタンフォード大学線形加速器センターで行っ
た国際共同研究です。学生を大勢連れて実験を行い、良い成果を得たことは私にとっても学生にとっても、費用は掛かりましたが、それにも優る良い経験になったと思います。
私は研究室の学生に「よく遊び、よく学べ」といつも言っていました。私が単身赴任であることもあって、研究室でいろんな行事をしてきました。毎年秋には泊りがけのセミナーを行い、研究室のOBにも呼びかけて全員が課題発
表をし、その後は山登りをしたり、旅行をしたり、時には関連する研究施設見学をして来ました。また、夏は二泊三日の海水浴、冬にはスキー旅行などもOBや学生がたくさん参加する楽しい思い出です。このようによく遊ぶことが
あってこそ、勉強や研究をやるべき時に集中してよく出来るのだと思います。学生たちにセミナーで次のような研究における九ヵ条をよく話して
いたものです。
一、ある分野では第一線に立つ →その先が見える。二、人の後を追っかけるのでなく、やっていないことをやる。銅鉄主義を排する。三、興味の対象を限定しない →まずやってみる。四、他の分野への積極的なアプローチ→新しい分野の研究
を行なうのに新しい計測手段を開発する。五、過去の文献を良く調べる → 既に何かある可能性。六、人でも設備でも現存する最も自分の研究に適したよいものを活用する。七、結果(実験・計算)がでてからが大切。そこから何を導
き出すかである。 結果を出すところまでで仕事は半分である。八、あるテーマで仕事を始めたら簡単に諦めないこと。努力すれば必ず成果は上がるもの。九、結果を死蔵しない。 論文として公表するのは国の予算(国民の税金)を使っている
我々の義務である。
もっとも良く研究が出来るような研究室の環境作りも大切であり、それには先生や先輩たちの雰囲気というのが重要です。私は教授の重要な仕事は三つあると学生たちに言っていました。一つは学生が興味を持つ良い研究テーマを与えること、
次はお金つまり研究に必要な費用を調達すること、もう一つは特に博士課程の学生の場合に良い就職先を見つけてくることです。研究テーマを各人に与えた後は、細かなことに干渉せずに任せること(勿論チェックすることは必要で
すが)、学生をよくほめること(稀に叱る時は決して人前ではしないこと)、研究室に閉じない人の輪(ネットワーク)を充分活用すること(これは就職先を見つけるのにも役立つ)、に心がけてきました。その成果もあると思いますが、研究室の卒業生や在学生
が、原子力学会の論文賞(一人)や奨励賞(二人)、青葉工学振興会研究奨励賞(一人)や井上研究奨励賞(四人)、ドイツの研究奨励賞(一人)をもらっており、またここ数年ほぼ毎年博士課程後期三年の学生が学術振興会の特別研究
員に選らばれています。この十七年間に私の研究室を卒業した学部生は四十三人、修士は三十三人、博士は社会人を含めて二十六人に及び、これからこの卒業生たちが社会で大いに活躍してくれることを心から期待しています。
