「こどものおもちゃ」を読む
『こどものおもちゃ』が今、(自分の中で)人気を博している。何故今更になって、しかも少女マンガなのか、そういうところには深く突っ込まないでいただきたい。しかし、「私、これ三回読んで三回とも泣いちゃったよ」そんな人も出るほどこの作品は人々に深く愛され、感動を与えている。どうしてこの作品はそこまで我々に感動と涙をもたらすのであろうか。
『こどものおもちゃ』が今、(自分の中で)人気を博している。何故今更になって、しかも少女マンガなのか、そういうところには深く突っ込まないでいただきたい。しかし、
「私、これ三回読んで三回とも泣いちゃったよ」そんな人も出るほどこの作品は人々に深く愛され、感動を与えている。どうしてこの作品はそこまで我々に感動と涙をもたらすのであろうか。
ひとえにそれは作家さんの腕前がいいからといってしまえばそれまでであるが、それだけで済ますわけにはいくまい。
特に私が注目したのは感情移入が出来るほどのキャラクターの面白さである。
ヒロインである倉田紗南は、少女マンガではあまり見られないその破天荒さによってまず私を魅了した。女の子っぽい女の子、これが少女マンガと男子との垣根といっても過言ではないだろう。しかし、彼女は持ち前の明るい性格と男勝りの度胸でそれが少女マンガであることを感じさせなかった。それですんなり受け入れることが出来たのだった。
しかし、そこでありきたりの少女マンガチックな展開をされては普通の人はそこまでこの作品に魅きつけられるわけがない。
ではどこにその様な要素があるのだろうか。その後様々な展開になっていくわけだが、これは人を魅きつけるなと思われたのが「三角関係」の登場である。
三角関係、今この言葉を聞いたあなたは眼を輝かせはしなかったであろうか。これは昼ドラによく使われ、その持ち前のどろどろとした展開から人々を魅了するテーマの一つである。
「せっかく紗南と秋人がうまくいきそうなのに、なんでそこでこういう展開を持ってくるんだ」と怒る方、それはごもっともである。しかし、この展開を持ってくることにより興味をそそられ、まんまとこのマンガの深みにはまっていくのである。
ここで、ある女の子に注目をしたい。三角関係で登場する松井風花という女の子である。この女の子がまた私の悲哀を誘った。初めは、秋人と付き合っていたのだが、彼の心が紗南にあることを知り、自ら苦悩しながらも退いていく。
そんな悲しい役柄を演じる彼女は果たして自分自身にそれで納得がいったのであろうか。
本編ではその後、紗南たちによるフォローがなされ、ある程度納得がいくような形に仕上げられていたが、私には納得できない点があった。
紗南と秋人、二人の絆を強調したい、それは分かる。しかし、あそこまで秋人に振り向いてもらえるように頑張っていた風花は、完全に報われたとは言えないのではないかと。三角関係により、彼女の大きな経験になったのであろうが、彼女にもうちょっとちゃんとした救済があってもよかったのではないか、むしろするべきではなかったのかと私は思う。
全般に渡り、笑いあり、涙あり、恋愛ありと様々な形でこの作品は楽しむことが出来た。しかも、ただ面白かったという感想を残すのではなく、何か胸に一つ大切なものを与えてくれたような気がしてならない。少女マンガ一つでここまで感動を与えられるとは誰が想像したであろうか。私はここまで楽しませてくれたこの『こどものおもちゃ』という作品のことを決して忘れないであろう。
