東北大学新聞:

セクハラ対策について

女性の高学歴化やこれまで男性の仕事であった職業への進出などから、男女平等の社会になったように感じる。そんな中、職業によっては「女性ドライバー」や「女性教授」など、「女性~」といった表現が何の違和感もなく使われている。
確かに女性が高い学歴を得たり、社会に出て専門的な職業や技術職に就いたりする機会は増えている。しかし、まだ人々の意識の根底には、抵抗があるようだ。
 

東北大学の学生の男女比率は、学部ではおよそ4対1、大学院では2対1である。これは、他の国立の総合大学に比べ、女子学生が格段に少ないことを示している。旧帝大の中では、東京大学、京都大学などが本学と似たような男女比を示す他は、どの大学も2対1程度の男女比である。
 東北大学は、全国にある国立大学の中でも、初めて女子学生の入学を許可し、全国初の女性の教授が誕生した大学でもある。女性に対して初めて「学問」の道を開いた大学と言っても過言ではない。それなのに、なぜこんなに東北大学では女性の数が少ないのだろうか。
 もともと理系大学として設立された名残かもしれないが、東北大学は文系学部と比較して理系学部の学生が多い。そして、理系学部は女子学生に比べ男子学生の方が格段に多いのだ。理系に男子が多いのは、大学に限らないことだが、東北大学の場合はその傾向が特に強い。
男子は理系、女子は文系、という意識が強すぎるように感じる。また、女性は理系の中でも、自然科学などの方面に進みがち、という意識もあるだろう。こういった固定観念が、無意識に女性が理系よりも文系を選ぶようにさせてしまっているのではないだろうか。
 学内において女性は女性であるというだけで、やけに丁寧に扱われたり、べたべたとかまわれたりすぎるきらいがある。もちろん、丁寧に扱うのは悪いことではない。ただし、それを喜ばしいことと捉える人もいるが、度が過ぎると不気味に感じるし、中には特別扱いされているようで気になると思う人もいる。
 現在、男女共同参画として、たくさんの事業が行われたり、施設が作られたりしているし、女性専用の電車車両やバスなども広まってきている。東北大学でも、保育所の設置が決まるなど、女性にとっては、安心して仕事や通勤通学などができるようになってきた。
しかし、男女平等と言いながらも、女性に対して何かをするという観点での対策ばかりが進んでいる。これはセクハラ問題にしても然りで、被害女性を保護することにばかり目がいっている。事前に防止するための対策などはまだまだ不足しているのではないだろうか。
本当の男女平等のためには、女性に外部から働きかけるだけではいけないはずだ。男性も女性も、女性の社会進出や、男女平等の社会ということに対して理解してもらう必要がある。
男性は女性に対する偏見や、対応の仕方を考え直さなければいけない。女性も、守られることが当然、男性社会の中でちやほやされるのが当たり前、という意識を改めなければいけないだろう。
本当の男女平等、男女共同参画社会というのはこれだ、という明確な規定はない。日本における男女共同参画社会がどういうものになるのかはわからないし、問題も山積みだ。日本という大きな社会では時間がかかるだろう。しかし、大学という小さな社会からでも、変えていきたいものだ。

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