創立記念日を祝おう
それは6月21日のことだった。東北大学の98歳の誕生日を祝おうとする3人が、青葉山キャンパスに集まった。彼らは、24時までにすべてのキャンパスを回り、喜びを表現しようとしていた。そのために、それぞれが気持ちを高めていた。Iの手にはバースデーケーキが、Sの手にはパーティー用クラッカーが、そしてKはハッピーバースデーの歌のために発声を続けていた。だが、そのような3人の表情は何故か暗かった。
青葉山での祝福を終えると、22時を少し過ぎていた。誰からともなく「そろそろ出発しようか」の声が上がる。他の2人は無言でうなずく。これから行なうことの重要さを十分に認識しているようでもあるが、沈んだ気持ちの現れのようにも思える。
まずは、ケーキを持っていたIが、川内キャンパスを目指して走ることになった。SとKは自転車で後を追う。
青葉山から川内までの夜道を走るのは、非常に危険である。その上、Iはケーキに次々とろうそくを挿し
ながら走っている。余裕を見せていたIではあるが、突然転倒しても不思議ではない。少し速めに進んでいくIを、SとKは頼もしく思っていた。それと同時に、
起こりうる危険を意識し、緊張もしていた。
大きな事故もなく、川内に着いた3人は、妙に冷め
ていた。歌声にも力がない。クラッカーの音だけが、ただ虚しく響いた。
川内から星陵キャンパスへもIが走った。疲労感のためか、苛立ちのためか、ケーキを持つ手が震えている。ろうそくを挿す仕草にも丁寧さが失われていた。しかし、目標の98本にはまだ遠い。
星陵に何とか着いた3人は、キャンパス内をさまよっていた。3人とも星陵に来たのは初めてなのだ。それでも、祝うのに相応しい場所に着き、ここでも悲しげに歌った。Iの疲労感が2人に影響していただけなら、こんなにも悲壮感は漂わなかっただろう。
星陵から雨宮キャンパスまではSが走った。楽しそうなSではあるが、実は自分の行為に疑問を抱き始めていた。IとKは、高らかに歌うことで応援の気持ちを表した。3人ともが楽しそうに見える。それでも、彼らの瞳には翳りがあった。
雨宮から片平キャンパスまでは、Kが走ることになった。時間的余裕があるにもかかわらず、Kはかなりの速さで懸命に走った。その速さのため、Kはすれ違う人を避けるのにも苦労していた。自転車同士の正面衝突にも気づいていなかった。そこには、IとSの知らないKがいたのだ。
自転車で追いかけるIとSは不安そうだった。そうはいっても、IはKよりもケーキが心配だった。SはKよりも自分が心配だった。
2人の間違った心配は、Kの不運へとつながってしまった。強引に突っ込んできたタクシーを避けることはできたKではあったが、不運にもIの自転車に衝突してしまったのだ。何本かのろうそくが飛び、Kはよろける。IとSは青ざめた。
それでも、軽い怪我で済んだのは、不幸中の幸いといえるだろう。
足の痛みに耐えながら、Kは懸命に走り続け、ついに片平へと到着した。まだ24時にはなっていないことに3人は喜び、大いに感動した。
片平の正門には、共に祝おうとする彼らの仲間たちが待っていた。3人の苦労をねぎらい、誕生日を盛大に祝う仲間たちの影響は大きかった。3人の表情は明らかに楽しそうなものとなった。98本のろうそくに火をつけ、仲間たちと大声で歌った。片平に楽しくも、騒がしい夜が訪れた。
祝う立場の3人の気持ちが、何故さえないものだったのかは、未だに謎である。
酒の席などでの失敗を重ねているIは、自分の弱さに悩んでいるからだと主張している。
周りに関西人の多いSは、3人が東日本出身だからだと主張している。最近忙しいKは、汚い部屋を友人にひどく軽蔑された直後だったからだと主張している。
そのような状態にもかかわらず、大学の誕生日を祝おうとする3人と彼らに祝われた大学の未来には、何が待っているのだろうか。
(344号)
