「複葉翼」の理論を確立・超音速旅客機の騒音や衝撃波を大幅に軽減
本学流体科学研究所の楠瀬一洋COE招聘教授と大林茂教授らのグループが、超音速旅客機の騒音や衝撃波を大幅に軽減できる「複葉翼」の理論を確立した。
超音速旅客機としては1969年からニューヨーク・ロンドン間でコンコルドが就航していたが、激しい騒音とソニックブームが障害だった。ソニックブームとは、衝撃波エネルギーが地上に伝播して発生する圧力として観測される現象のこと。何かが爆発したような音として観測されるほか、地上の家屋のガラスを壊すなど被害を与えていた。そのため、従来型の超音速旅客機は海上でしか超音速に達することができず、またその騒音と膨大な燃費から2003年に運航を終了した。
衝撃波を発生させないようにするための理論は、すでに1930年代にブーゼマンが提唱していた。これまで、超音速に達する飛行機は主に軍用機だけで、衝撃波を軽減させる必要はなかった。時代の変遷と共にソビエト連邦や、ジャンボジェットなどの旅客機の開発をすすめていた、アメリカのボーイング社が衝撃波を軽減させ、超音速旅客機の開発に着手する。しかしいずれも未完成のまま終了していた。
本学流体科学研究所の圓山教授が率いる21世紀COE「流動ダイナミクス国際研究教育拠点」では、スーパーコンピュータを使って衝撃波のシミュレーションを行うことで、開発を目指した。
開発にあたって、動力機付き飛行機の生みの親、ライト兄弟の時代から第一次大戦頃まで主流だった、上下2枚の翼が重なっている、複葉翼を採用。コンセプト翼と呼ばれる、三角型の薄い翼を重ねた形式を研究した。そして流体科学研究所が保有するスーパーコンピュータを駆使して数値シミュレーションを行った。結果、上下2枚の翼から発生するそれぞれの衝撃波が互いに干渉をおこし、それらが2枚の翼にはさみこまれるようにしてとじこめられ、翼の外へ出る衝撃波が大幅に減少することがわかった。
またこれにより、衝撃波によって失われていた、推進するためのエネルギーが大幅にカットできるため、燃費の節約が期待されている。
「この研究は楠瀬先生がいなければ成功していなかった」。圓山教授はこう振り返る。楠瀬教授はボーイング社の研究員だったが、この超音速複葉機プロジェクトのために退社、COEプログラムに参加した。世界で初めての新しい飛行機を、日本から生み出したい、この思いが楠瀬教授を動かしたのだという。
今後はこの解析に基づいて超音速風洞実験を行い、コンセプト翼の有効性を実証すると同時に、実験的視点から新翼型を考案する。圓山教授は、終戦直前の昭和20年に本学高速力学研究所(現・流体科学研究所)において、日本で初めて開発されたジェットエンジンを例にあげながら、世の中の情勢や需要によっては、実用化に向けて大きく進展する可能性があるという。この研究成果は来年1月、米国航空宇宙学会で発表される。
