東北大学新聞:

354号 一言居士

日記を書き始めて、今年で9年目になる。中学1年の4月1日から毎日欠かさず書き続けてきた。日数にすると3000日を越え、ノートは11冊目に入った。昔の日記を読むと、文章が下手なこともあり、表現が伝わりにくいが、忘れていた感情や体験を思い出すことができる。時々読み返し、今の自分に活かそうとしている

▼最近はブログが流行っている。7月頃まではブログブームといわれ、総務省の発表によると、日本でのブログ利用者数は868万人に達するという
▼人は誰しも、自分の考えや成功体験を他者に伝えたい欲求がある。それらを表現する能力や場所は、普通は与えられないが、ブログは表現の場としてならば、その欲求を簡単に満たしてくれる
▼私の周りにもブログをやっている人は多いが、私は批判的だ。彼らの多くはブログを見せたがる。内容についてのコメントを求める者までいる。その内容が小説や映画の批評に限定され、個人的出来事に収束しなければ、面白いかどうかは別として納得できるし、ある程度の理解はできる。だが、内容が完全に日記といえる場合は不思議に思えるし、対応に困る
▼日記としてブログを続けるためには、他者に知らせたい程のことを毎日体験したり、強く主張できる考えに日々気付いたりしなければならないが、それは不可能だ。他者に知られてもよい弱さやありふれた失敗談を織り交ぜることで続けることが精一杯だろう。そのような状態では1年続くかどうかも疑わしい。ブログを利用し、無理に表現の場を求めることはない
▼日記を書き始める日はいつでもよい。文章はたった一行でも構わない。今日からでも他人に見せるためでなく、自分だけのために日記を書き続けていくのはどうだろうか。

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