東北大学新聞:

100枚のホットケーキは百年の重み

 5月某日、8人の新聞部員が新サークル棟3階新聞部部室に集った。企画内容は至って簡単。東北大学創立100周年記念に、100個のホットケーキを作り集まった者たちで平らげようというものだ。

ホットケーキ100個完食という、前代未聞といいたいところだが、地球上では既に飽きるほど行われていそうな企画を遂行すべく集まったのだ。ただし何人で食べるかや一つのホットケーキがどのくらいの大きさか等は決まっていない。ひたすらホットプレートに生地を載せ、生地の表面に穴が開くのを待ち、ひっくり返し、また待ち、食べる。この永劫とも思える単調な作業の繰り返しの中で、部員たちはいったい何を思い、何を悟ったのだろうか。午後5時に始まり11時にまで及んだ、東北大の輝かしい歴史の表に出ない部員たちの(無駄な)苦労と(悔恨の)涙の6時間を追った。
 企画開始の号令を先輩が発し、威勢よくホットケーキの粉が入った袋が開けられる。昼を抜かした者も多く、空腹からか気合のこもったスタートだった。気合が入り過ぎて開封と共に中の粉を周囲に飛び散らせた先輩もいた。季節はずれの雪が部室のテーブルに降り積もる。とりあえず25個分の生地を一気に作ることが決まり、牛乳丸々1本と5個の卵が大きな鍋に投下される。それをお玉と菜ばしでかき混ぜるのだが、粉が多すぎてなかなか混ざらない。2人掛りでようやく混ぜ終えると、出来上がった生地の見たことの無い量に、その場にいた誰もが気圧された。だが、空腹は人を盲目にさせる。「…いいじゃないか。ホットケーキ100個なんてものの数時間で完食してやる!」私はこの時点で、100個完食を甘く見ており、企画終盤の熾烈な戦いなど予想だにしていなかった…
 ホットプレートの到着が遅れていたため、急遽100均のフライパンがホットプレートが届くまでの間に合わせに用意される。記念すべき一つ目は新入生のMが焼いた。100均のフライパンは想像以上に貧弱で、ガスバーナーの上に載せて少しするとべこべこと悲鳴を上げた。でこぼこの底面が非常に頼りない。だが、焼くしかなかった。Mは覚悟を決め、フライパンにバターをぬり、生地をなるべく円状になるようにゆっくりと注ぎ込む――たかがホットケーキ、されどホットケーキ。まじめなMは妥協せず、全力を尽くした。しかし結果は無残、できあがったのはスクランブルエッグにも似た塊。バターを敷くのが中途半端で、生地がフライパンにくっついたのがまずかったのだろうか。フライ返しがなく、割り箸で強引に返したのがホットケーキの逆鱗に触れたのかもしれない。ホットケーキという枠に留まらないアグレッシブさとクリエイティビティを見せつけられた気がした。
歪な形のホットケーキを作り続ける部員たち。10数枚焼いたところでフライ返しとホットプレートが届く。やっとまともなホットケーキが食べれると安堵して、意気揚々と調理を再開する。
おもしろいほどきれいな形に仕上がるので、調子に乗って10段重ねのホットケーキを作成することに。焼きあがるケーキを重ねるごとに、部員たちのテンションも上がっていく。完成したケーキを見て、「誰が食べるの?」と部員の1人が言う。一瞬の沈黙のあと、部員Kが勇ましく「やる」と宣言。優しい部員Hが生クリームやジャムなどでデコレートする。かぶりつくK。食べながらKを見守るその他。完食には数十分を要し、食後のKはものすごく具合が悪そうだった。
Kの勇姿に後押しされ、ひたすら食べ続ける部員たち。しかし50枚を過ぎたところで、手および口が止まりがちになる。ちらりと鍋にある生地を見れば、まだたっぷりとある。重い空気とうんざりするほど甘い匂いが漂う中、部員たちの精神にも変化が現れる。甘さに飽きたのだろう、「焼き肉のたれをかけたらおいしいんじゃないだろうか」という声があがる。賛同する数人の部員。ホットケーキによって精神を蝕まれた部員たちに、もはや常識の概念はない。もちろんそんなにおいしくなかった。
いつかは終わるという小さな希望を胸に、なんとかホットケーキを詰め込む。部員たちの胃袋も限界だ。ここまでか。誰もがそう思ったそのとき、部室のドアが開く。そこにはみるからに健康そうな部員が2人。開口一番「ホットケーキ頂戴」。あげますともあげますとも。この2人の登場によって、部室が一気に活気づく。2人は空腹だったのか、すごい勢いでケーキを食していく。あなたたちは救世主です。
ホットケーキの枚数が90の大台に乗った。全員が最後の力、いや、最後の食欲を振絞ってケーキを押し込む。96、97、98…99。いよいよ最後のときが来た。1枚目を食べたときからの光景が、走馬灯のように頭の中によみがえる。この苦しみの先に何があるのか。最後の生地を流し込む。ホットプレートいっぱいに。
焼きあがったケーキに生クリームで文字を書く。「100」。もっときちんと書きたかったが、生クリーム切れのため断念。気持ちは伝わるはずだ。
食事は最後の一口で決まる、と誰かが言っていたような気がする。ここまでの長かった道のりを振り返りながら、全員が最後の一口を食す。食べ終えた瞬間、解放された喜びに誰もが歓喜の声をあげる。テンションがあがる。互いの勇姿を称えあう。
他の人から見れば、彼らの挑戦などたいしたものに思われないかもしれない。しかし、彼らは自ら厳しい道を選び、くじけることなくそれをやり遂げたのだ。目的を達成したときの彼らは青春の輝きを放っていた。
 すがすがしい終わりだった。もちろん、次の日まで胃の具合が悪かったのはいうまでもない。
 とにかく、「東北大学、100歳おめでとう!」

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