広瀬川、辿ってみました。
長かった夏休みも折り返しを過ぎ、今年も何もせずに終わるんだろうなぁと悟り始める9月10日、新聞部のもの好き6人は広瀬川を辿り源流を目指そうと作並に来ていた。
距離にして10数キロ、歩きで片道約4時間の道は妥当な距離に思えた。しかし、作並駅に着いた時点で疲れたと言いだす部員に、手提げに半袖という山を舐めきった都会っ子部員、更には生憎の曇天に恵まれ挑戦は幸先の悪いスタートとなった。
駅で温泉目当てのおばさんラッシュを見届けた後、一行は国道48号線を目指した。48号線沿いに広瀬川が流れており、途中まで48号線を歩くつもりでいたためだ。ほどなくして48号線は見つかり、部員たちは狭い歩道を一列でとぼとぼ歩く。当然だが市内の国道と違い、田舎である作並の国道は道が狭くやたらすぐ側を大型車が高速で走り去る。横を大型車が通るたびに吹く突風と轟音に、情けなくも私は内心おびえた。
歩き始め10分程が経った頃部員Sが店を見つける。源流辿りの下準備を整えるべく立ち寄る。しかし飲食物の類はあまりなく、昼ご飯にとSが買ったのはチョコビだった。先には作並温泉があり、その周辺には旅館が立ち並ぶ。他の部員はいずれコンビニがあるだろうと購入を見送った。しかし結果から先に言うと、道中にはコンビニはおろか店がそもそも無く、この店が飲食物を買う最初で最後の機会だった。先を見据えチョコビで妥協したSには先見の明がありそうだ。
店を後にし数キロ歩くと、次第に道幅が広がり恐怖の道は終わりを遂げる。さらにバスの停留所を見つけ、疲れたらバスに乗って帰ればいいねと安堵する部員達。そして、そのすぐ先で今回の目的である広瀬川とついにご対面。川幅は広く、源流まではまだまだかかりそうだった。しかし、その涼しげな流れを目にして部員たちの士気も上がる。48号線に沿うように流れていたため、とりあえず48号線を進み分岐点が現れたら広瀬川を進むことにきまった。
悠々と流れる広瀬川を右手に新聞部一行は進んでいく。歩くにつれ至る所に温泉旅館がみられるようになる。作並温泉郷に来たようだ。企画を放り投げて今すぐ温泉に入りたい誘惑に耐えた。しかし今度は延々と続く微妙な登り坂が部員たちの体力を削っていく。歩き始めてまだ1時間半程しか経っていなかったが、近くにあった神社で休憩をとることになった。
神社は手前が公園になっていた。公園には、向き合って座るタイプのブランコだけが3つ不規則に置かれてあった。イスも鉄棒もないのにかご型ブランコだけが3つ無秩序に置かれた光景は異様だった。休もうにもイスが無かったため、仕方なしにブランコに座る。ブランコに座れば動かしたくなるのが人情。皆最初は軽く揺らす程度だったが、興に乗ったのか本気でこぎ始める。男同士で向かい合って年甲斐もなくはしゃぐ様は、ある意味公園の異様さを際立たせていた。ちなみに知っている人も多いと思うが、このタイプのブランコは事故が多発したため、現在では製造されなくなっている。そんなブランコが、何故何もない神社に3台も置かれていたのだろうか……。たぶん神主の気まぐれだろう。
謎の神社を後にし、一行は本来の目的―源流辿り―を遂行すべく再び歩き始める。私がネットで拵えた地図を確認すると、広瀬川は何本かの流れが上流で合流し1本になっているようだった。逆にいえば、源流が複数あるということである。我々は全会一致で最も近い源流を目指すことにした。源流を目指すためには、どこかで48号線を右手に離れ広瀬川に沿って歩いて行く必要があった。そんなとき都合よく部員の1人が右手にそれる小道を発見する。近くには「賢治とモリスの館」という看板が立っていた。どうやら「賢治とモリスの館」へ行くための道らしい。この道を行けば源流にたどり着けるという保証はまるでないが、あわよくば「賢治とモリスの館」で休めるという思考が働いたのだろうか、注文の多い料理店の青年紳士よろしく誘われるように小道に入っていく。
途中の「これより先の道は…(読めなくなっている)」と書かれた看板も無視し奥へ歩いて行くと、割とあっけなく「賢治とモリスの館」に出くわす。しかし定休日らしく、入口には柵がかかっていた。部員たちの顔には明らかな落胆の色。引き返すのが面倒になった一行は、道がまだ続いているのを確認するとさらに奥へと進んでいく。半分やけになりながら進んでいくと、渓流を流れるような速い水の音が聞こえてきた。さらに先へ進むとつぶれた旅館があり、音はその向こうから聞こえるようだった。旅館を迂回して裏手に回ると、すぐ下を渓流が流れていた。
「やった~源流だ~」嬉々としてそばにあった木とロープでできた階段を駆け降りていく。もはや当初の広瀬川の源流を辿るという目的は忘れられ、単なる「川さがし」になっていた。確かにごつごつとした岩肌に急な流れは源流っぽく無くもないが、そもそも一度広瀬川を離れた時点で「これが本当に広瀬川か」も分からなくなっているし、辿りつくのが明らかに予定より早い。本当にこれでいいのかという一抹の疑問を残しながらも、目標達成に沸く皆に水を差すこと、さらにはなんだかんだでもう歩きたくない自分に喝を打つことは遂に出来なかった。
我々が見つけた「源流」は急な斜面から滝のように水が落ちていて、真下には自然のプールのように深さのある水溜りができていた。水溜りからは水が溢れ、岩だらけで流れの速い渓流に水が流れていく。さらに渓流の流れの先には、かなりの部分原型をとどめた崩れた吊り橋の残骸があり、大きな丸太が斜面を滑るように横たわった様には迫力があった。
無事目的を達成し、歩きまわった疲れをいやすべく部員たちは靴を脱ぎ川に入っていく。水は予想以上に冷たく、数分入っていると足が痛くなるほどであった。そんななか部員Sが特攻する。浅瀬でちゃぷちゃぷ遊ぶのでは飽き足らなかったのか、一段深いところへ入っていったのだ。当然履いていたデニムは濡れ、はた目から見ても非常に寒そうだ。しかしそれで何かが吹っ切れたのか、ほぼずっと川に浸かって楽しそうにしていた。そんなSに対抗心を燃やしたのか、今度は部員Uが急な斜面を登って水源をさらに辿ろうとする。さすがに崖のように急になった部分は登れなかったが、UはUで終始斜面に張り付きロッククライミングもどきを楽しんでいるようだった。ちなみにこれらのネタ的偉業を成したのは新聞部2年衆であり、私を含むチキン1年は恐る恐る川に足を浸したりちょぼちょぼと川の水を飲んで小市民らしく満足していた。
しかし、楽しい時間にも終わりがやってくる。ぽつりと水しぶきでないものを受けて、いやな予感がした我々は「源流」を後にした。実際帰り道の半分を過ぎたあたりから雨が降り始め、作並駅に近づくのに比例するように雨脚も強くなった。暇つぶしのしりとりをしながら雨に打たれる謎の集団は傍から見て相当に異様なことだったろう。
