怖がる大捜査線
東北大学を囲む森には、魔女が棲んでいる―そんな噂を私が初めて耳にしたのは、意外にも今年入部した新入生の口からだった。「えっ、先輩知らないんすか?今、1年生の間でしきりに話題になってますよ」
1年生同士の会話から「魔女」や「行方不明…」といった単語が聞こえたので、さり気ない風を装って尋ねた私に、今年入部したXはことも無げにそう答えた。「あはは、いやだなー、先輩。なに真剣な顔になってんすか。こんなの良くある都市伝説ですよ」。自分でも気づかぬうちに顔が強ばっていたのだろうか、Xは私の反応に若干気後れした様子だった。「あ、あぁ、すまない。…最近疲れててな。ま、ちょっと考えればそんなの嘘だって誰でも気づくよな」。しかし、私の内心はそんな取り繕うような言葉とは裏腹に、その降って沸いた疑念を払拭できずにいた。…確かに東北大は、その敷地の大半が山と森に囲まれている。それに、ずっと止まったままの噴水やひっそりとした植物園など、魔女が潜んでいてもおかしくないような不気味な場所も多い。…東北大の安全を守るためにも、1度調べてみる必要がありそうだな
私はすぐさま捜査チームを結成し、4名の勇敢な志願者が部室に集結した。人ならざるものが活動を始めるのは、決まって人々が眠りに就いた後である。我々は夜の帳が下りるまで、「ブレアウィッチプロジェクト」という過去の似たような事例が記録されたフィルムを見て対策を講じることにした。これは魔女が出るという森に潜入捜査し消息を絶った3人の学生が残したフィルムだと言われている。このフィルムから複数での調査はお互いの疑心暗鬼を生みかえって危険なことになることを学習した我々は、捜索中は敢えて皆が単独行動をとることにした。つまり、1人がまず出発し、その5分後に2人目が出発、以後これを繰り返すのだ。「なんだか、肝試しみたいだね」誰かがそんな不謹慎なことを言ったので、隊長でもある私は彼を叱咤した。「ふざけるな!これは遊びじゃないんだ。気が緩んでいるなら帰ってもらってかまわない」。そして、ついに探索を始める時間になった。探査ルートは、新サークル棟から北キャンパスの時計台前を通り、国際文化研究棟のそばの信号を渡って南キャンパスの外回りをぐるりと1周するという順路だ。また、南キャンパスからサークル棟へ帰る途中は記念講堂側の公園内も見て回ることにした。「じゃあ、いってきまーす」。先陣を切る3年の先輩が、意気揚々と部室を後にした。
5分おきに次々と部室を去る部員たち。ついに部室に1人残された私は、ふいに彼らのことが心配になった。(…本当に皆無事に帰ってくるだろうか。まさか、1人1人探索に行かせたのは失敗だったんじゃないだろうか)。責任を感じ、居ても立ってもいられなくなった私はルートを逆に歩き部員たちの救出に向かうことにした。
南キャンパスの公園まで来て、私は道の先に不穏な影を見とめた。目を凝らせば、僅かな月明かりの下、確かに公園の端のほうをのそのそと動く得体の知れない影がある。しかも、それは私のほうへと向かって来ていた。(魔女め、ついに姿を現したな!)私はすぐさま近くの木の陰に隠れ、用意していた威嚇用のゾンビのお面をかぶった。さすがの魔女も、このグロテスクなお面を見たら卒倒するだろう。そして、私が待ち伏せているとも知らずに、魔女がすぐ側まで来た。よし、いまだ!私は覚悟を決め、木の陰から勢いよく飛び出した。
「う、うわぁぁぁ!…って、A君じゃん。驚かさないでよ」
見ると、私が魔女だと思っていたのは、一番最初に部室を出た3年の先輩だった。のそのそと歩いていたのは、自分を驚かそうと待ち伏せている人が居ないか確認しながら進んでいたためらしい。…なんて紛らわしいんだ。私はほっと胸をなでおろした。先輩は、「思ったより肝試しって怖くないね」と言って部室に戻っていった。
結局私は、以降も全ての部員が公園を通り過ぎるのを待って同じことを繰り返した。暗闇では遠くをゆっくりと歩く姿がいかにも魔女に見えるので姿を隠してじっと木の陰で待機するのだが、飛び出してみるとどれも探索に出た部員たちなのだ。出会うたびに部員たちは「先輩、それあんま怖くないっすよ」「映画までは良かったけど、その後は、正直、イマイチでした」と、私には理解できない不満を口にした。
今回の探索では、結果的に最後まで魔女を発見することはできなかった。しかし、私は確信している。東北大には、魔女がいる、と。だから、この記事を読んだ方で勇敢な東北大生を自認する人は、ぜひ自己責任で魔女探しに出てほしい。私は最後にその危険な探索の一助となるよう、今回の探索を行った部員たちに書いてもらった短いレポートを載せておこうと思う。この記事を読み、ブレア・ウィッチならぬトンペー・ウィッチを見つけるのは、他ならぬあなたかもしれない。
Uの報告
私はお化け屋敷、ジェットコースターなどの、俗にいう怖い物が嫌いだ。今回、部員達が肝試しをやると聞いて、もちろん参加したくなかったのだが、後輩に頼まれ結局参加することになった。
かなりの怖さのホラー映画を見せられた後、夜のキャンパスを散策することになった。順番をどうするかという話になったのだが、さすがに最上級生として勇ましい姿をアピールしなければいけないと思い、一番手を買って出た。
しかし、夜のキャンパスというのは薄暗い。しかも、どこかでおどかされることが分かっているため、どこにでも潜んでいそうな気がし、その怖さが倍増する。そしてルートを半ば過ぎたところで、草むらから仕掛け人が飛び出してきて、私は「うわあっ」と声を上げてしまった。こうして、私の「勇ましい先輩」アピール作戦は失敗してしまった。
Tの報告
川北のサークル棟を出発し、掲示板を過ぎて国文研まで来た。ここまでのところまだ異常はない。勇気を振り絞って図書館裏の森へ足を踏み入れる。ここら辺で写真を一枚撮ろうと思いカメラをかまえる。とその時、車の陰から人の姿が!思わずシャッターを押すとあたり一面がフラッシュに包まれる。びびる私、そしてさらにびびる教授。2人の間に何ともいえない微妙な空気が流れ、お互い警戒しながらその場をあとにした。
しばらく行くと暗い茂みがあった。教授との一件以来放心状態だった私は何も考えずそこの前を通りすぎようとした。そのときだった!何か白い物体が目の前に飛び出てきたのだ。ト、ト、ト、トンペー・ウィッチだー!あまりの恐怖に私は打ちひしがれてしまい、その場にへたり込んでしまった。
私にはその後の記憶がない。気付いたら部室でスナック菓子を食べていたのだ。ただ1つ覚えているのは、記憶を失う直前に見たトンペー・ウィッチの姿である。それはひと言で言い表すならば軽薄短小で、その笑い声はこの世のものとは思えないほど不気味であった。
Sの報告
ホラー映画といえば、相当前に「学校の怪談」に挑戦して、怖くて途中で見るのをやめて以来だ。こんなに怖がりなのになぜ肝試しに参加したのか自分でも不明だ。
部屋を暗くして雰囲気バッチリの中、上映が始まるが、ホラー映画を見るのは私にはハードルが高すぎるという判断を下したのでその辺で丸くなっていた。サークル棟の警備員のおじさんが見回りのため突然部室に入って来るというハプニングを除けば、映画は無事に終了した。
そして実践。川内北キャンパスでは夜にも関わらず意外と人がいた。その中の誰かが実は仕掛け人で突然襲ってくるのではないかと、人間不信になりながら進む。後に分かったことだが、彼らは肝試しとは無縁だった。私はさぞ挙動不審だったことだろう。
植物園に向かう。草むらを歩くと・・・あ、野生の幽霊が飛び出してきた!と思ったら私を驚かせようと企む先輩がぬいぐるみを投げたのだった。もちろん驚いた。心臓に悪いですよ。肝試しの前には何も仕掛けはないと主張していたが、あれは嘘だった。信じてたのに、まんまと騙された。
これはこの後にも絶対に何かあるだろうと、ますます人間不信になりながら進む。植物園の辺りではかなり慎重に進むが何もない。最後の川内に戻るまでの直線。ここで何も出ないわけがない、と自分に言い聞かせる。そして、中盤に差し掛かると鬼の覆面をつけ、化け物と化した先輩が襲ってきた。映画のワンシーンとマッチした恐怖が襲いかかる。逃げる。さっきまで心の準備はしていたではないか、といわれても、怖いものは怖いのである。結果、今回の肝試しにより、私の異常な怖がりが裏付けされた。
