怒髪天カレーを求めて
夏休みはヒンショキスト(貧食をこよなく愛する人のこと)を封殺する。そもそも食堂が開いてないからだ。しかし今年の夏からはその死は永遠のものとなった。貧食が閉店、取り壊しになったからである。
私は閉店イベントに参加し、店頭に貼られていた値段札を持ち帰らせて頂いた。夏休みをゾンビのように生きていた私は怒髪天カレーの値段札を見ながらその味を夢想していた。絵に描いたカレーとはまさにこの事だ。
「パンが無ければケーキを食べればいいじゃない。貧食が無ければカレー屋に行けばいいじゃない」と、どこかの誰かが言った気がしたので街のカレー屋に足を運んだ。
まずは学生御用達の半田屋で激辛カレーを食べた。野菜がゴロッとしているも柔らかでなかなか。黒い粒々が気になる。辛さはチキン辛口カレー以下だろうか。これで激辛を名乗るとはおこがましいが、うまいうまいと言いつつ平らげてしまった。
日を改めて編集長とココ壱番屋へ行った。ココ壱のいいところは追加料金で辛くできることだ。貧食でも出していたビーフカレーを注文。辛さはもちろんMAXの10辛だ。編集長は普通のカレー。以前彼も10辛を注文してみたことがあるらしいが、2口しか食べられなかったという。普通と比べてみると何かいろいろ違う。まず色が違う。危険な感じに黒い。そして粘度が違う。皿を傾けると、編集長のは春の小川のようにサラサラゆくのに10辛はピクリともしない。辛味成分には重力に反逆する性質があるのだろうか。ココ壱のスパイス「とび辛」をふりかけつつ食ってみたら涙が出てきた。確かにうまいのに辛さが邪魔をしてスプーンが重い。鼻水も出てきた。おいしいのに体は正直だ。完食。
怒髪天を再現するのはカレー屋では無理という結論に達した。無ければ作ってしまえばいいので、報道部のコネを発揮して怒髪天のレシピを入手することにした。新第二食堂の取材と称してスパイFを送り込んだ。しかし企業秘密の四文字に阻まれ、Fの持ち帰った情報は「新食堂ではカレーは一種類程度しか出さない」「レトルトカレーにカイエンペッパーを入れるだけで怒髪天の味に近くなる」の2つのみ。なんて使えないF。この情報を元に自作怒髪天を研究するしかない。「料理は化学、カレーは錬金術」とはよく言ったものだ。
ベースとなるレトルトカレーだが、「ビーフLEE辛さ×30倍」を使用する。レトルトで最強との専らの噂で、夏季限定発売の一品。別添の辛さ増強ジョロキアソースで辛さを45倍にすることができる。なんだか界王拳みたいだぞ。
自作怒髪天試食会に来たのは、タダ飯が食えると聞いてホイホイやってきたSなど6名。家に集まってもらい、まずは辛味無添加のレトルトカレーを振舞った。「うまいけど辛い」「市場に流通してるものがまずいわけがない」「つーかうまい」との評。ところがこれさえ辛くて食えないヘタレがいた。
それでは自作怒髪天を作り始める。スタンダードにジョロキアソースを投入。生協の人の言葉を信じてカイエンペッパーを一瓶投入。ハバネロペッパーと一味唐辛子を適量投入。初めて食べた時は違う意味で怒髪天を衝いたチョコレート効果カカオ99%を真っ二つにして投入。さあ完成だ。
はたして、それは悲惨な味だった。カカオ99%がカレーの旨みを消し去り苦さが口に残る。粉が溶けておらず食感がシャリシャリする。その粉が暴力的に辛い。唇が舌が喉が胃が焼ける。皆は1リットルの涙を流したのではないか。がぶ飲みした水が端から涙に置換されていくようだった。
こんなはずではなかった。貧食の怒髪天は鮮烈な辛さと爽やかなカレー味が両立していた。あの味はしがない学生に再現できるものではなかった。
企画を方向転換し、鍋に残る残念カレーを食えるものにすることにした。自炊はノリと勘でやっている私のキッチンで使えるものは限られていた。しかし留年確定気味のKが、水、牛乳、コンソメ、ケチャップ、こくまろカレー、ガラムマサラを精密なバランスで配合し、見事に口に入れられるものに仕上げた。砂糖を入
れるという安直な発想がないのが素晴らしい。
ところが罠があった。時間をおいて根本的な辛味が襲ってくるのだ。甘いマスクで騙されて気がついたら丸裸と言おうか、社会の縮図のようだった。もはやあの手この手で処理することに頭を捻り、生協テイストにご飯の量を多くする、ご飯にではなくうどんにかける、余ったカカオ99%と交互に食べ中和させるなどの策を弄したがスプーンが進まない。しまいには部室で仕事をしていた編集長を呼び出した。ココ壱の10辛もろくに食えなかった編集長だが、「ネタ記事に命を懸ける。空腹は最大のスパイス」とカッコイイことを仰り、黙々と食べていたが次第に無口になり、最期に「辛い(つらい)」と言い放って完食した。私たちはその姿に漢を見て涙を流すのだった。それは辛さのせいだけではなかった。多分。
