部員の情報伝達能力チェック
私は以前、テストの日に筆箱を忘れた。その時は偶然、隣にいた名も知らぬ人が鉛筆を貸してくれたものだった。しかし、もしこれが取材だったらどうなっていただろう。
もしも教授に話を聞きに行ったときに、筆記用具がなかったら。教授に借りるということは、話を伺うための十分な準備ができてないということであり、教授に大変失礼だ。
では、筆記用具を取材に忘れたときにどうすればよいのだろう。私は考えた。そして、単純かつ明快な方法を思いついた。取材内容をすべて覚えてしまえばよいのだ。メモ帳のない古代の時代の新聞記者も、こうやって取材内容をすべて覚えていたに違いない。
しかし、取材の時間は長い。その場ですべての取材内容を頭に留めておくのは至難の業である。普段から練習しなければ実行できる手段ではない。それでは報道部の部員を訓練することにしよう。最も適した方法は、伝言ゲームだ。得た情報を正しく伝達するという、まさに報道部らしいゲームではないか。
伝言ゲームをするために9人の部員に集まってもらった。順番は9人の中で決めてもらう。
まずは手始めに次のような文章を出した。「そこの新聞を読んでいるあなたにちょっとしたお知らせです。学友会報道部では新入部員を募集しています」 これは例題のつもりで出題したが、これにより人間の記憶力、いや言語通達能力の低さが早くも明らかとなった。というのも、9人目まで終えたのちにはこう
なっていたのだ。「そこのあなたにお知らせです。学友会報道部では新入社員を募集しています」いつの間にか報道部が会社になってしまったのだ。これは何かの間違いだ。気を取り直して次の問題を出題することにした。
「ロミオロミオ、どうしてあなたはロミオなの?お父様と縁を切り、ロミオという名をお捨てになって。それがだめなら、私を愛するとお誓いになって」もちろん、某文学作品からの出題だ。伝言ゲーム以前に、私はこの出題を非常に楽しみにしていた。部員たちがどんな気迫で伝言をしていくのか、楽しみだったのだ
。しかし、私の期待は早々に粉砕された。1人目から感情を排除した、淡々とした伝言が始まったのだ。私はこんなことを望んだのではない。しかも伝言が続くにつれて内容が変わっている。途中の「お父様と~(以下略)」は「お父様との愛をお誓いになって」となった。文章が圧縮されすぎてカオスが形成されている。賢い5人目の伝言者はこの文章の違和感に気づき、「お父様に私を愛するとお誓いになって」とアドリブで訂正を加えた。そして伝言が7人目に伝わるとき、ついに私の願いがかなった。渾身の演技と気迫で伝言を始めたのだ。あまりの嬉しさのために笑いが込み上げてきた。出題した甲斐があったというものだ。8人目はこの演技に過剰な笑いを示し、9人目に伝わる伝言は笑い声でしかなかった。
最後はこれまでの形式を一転させ、走った後に伝言をすることにした。新聞記者といえば裁判の後に、カメラの前まで全力疾走し、息切れしながらニュースを伝える、というイメージが私の頭の中にある。しかし我々は、そのように全力疾走してニュースを伝える機会がほとんどないのだ。だから、いざという時のために鍛えねばなるまい。
さて、お題は「東京特許許可局急遽特許却下」。伝えにくい内容の報道も、正確に伝えるのが良き記者の証だ。疾走後の息切れで伝えられなかった、など言い訳でしかない。このゲームにおいては、伝言は、十分な距離を全力で走った後に20秒で伝えて頂くことにしよう。では早速ゲームを始める。20秒あれば普段なら伝わるであろう早口言葉も、疾走の後では皆苦戦していた。3人目からは「急遽特許却下」は「特許拒否」になっていた。しかしそれ以外にミスはなかった。1年生ながら、私から部員たちにメッセージを送ろう。よくできました。君たちは立派な記者になる素質があるでしょう。
さて、ゲームをしているうちに、大分本来の目的からずれてしまった気もするが、結論を言おう。取材内容を全て覚えるのは無理そうだ。やはり取材前に筆記用具が入っているかを確認することにしよう。そして、裁判の後に疾走してニュースを伝えるのは新聞記者ではなくてニュースキャスターだったというのは伝言ゲームがすべて終わった後に気がついたことだった。
