広瀬川でお宝探し
私は貧しい。食費を削るために1日は昼と夜の2食で過ごす(これはただ起きるのが遅いからではあるが)。
コートは2着とも夏に買った中古千円の物だ。そしてなにより、私の所有している靴下の7割は残念なことにどこかしらに穴が空いている。しかし、私はめげなかった。穴が空いていても靴下の布地の80%は残っているじゃないか。つまり、靴下の機能の80%は残っているということだ。そう自分に言い聞かせてきた。・・・言い聞かせてきた・・・そう、過去形・・・で、ある・・・。
ある日のこと、私は友人のハルヒ子(仮名、性別不明)との雑談に花を咲かせていた。話題は新年のことに移り、そして事の発端となるやりとりが交わされた。それは、以下のようなものであった。
(私)「ねえ、ハルヒ子」
(ハ)「ん、なんだい」
(私)「お年玉くんないかな。俺、新しい靴下が買いたいんだ」
(ハ)「・・・。」
おそらく、このときハルヒ子は日頃の私の言動を思い返していたことだろう。過去の私曰く、「貴様ら、良く聞け。貴様らのようにものを大切にしない奴らがいるから地球の資源が無くなるんだ。ついでに資本主義はダメだと言われるんだ。物を大切にしろ。一部がだめになったからって買い換えるな。俺の靴下を見習え。そして、俺を尊べ。ワーハッハ」などとほざいていたからだ。しかし、私の心は折れていた。いくら大義名分を掲げようと穴の空いた靴下は空(むな)しいものだと悟っていた。それゆえ、その時の私の言い様は過去のものと相反するものであった。ハルヒ子はそのことに戸惑っていたのだろう。しかし、彼(女?)はこんな私の友人でいつ続けただけあり寛容であった。「お前なんかにやる金はねぇ!」などとは言わず、
(ハ)「んー、じゃあ広瀬川で寒中水泳やったらあげるよ」
と、非常に遠回しに拒否(と今ならわかる)答えを返してきた。だが、どうもそのときの私には冗談に聞こえなかったらしい。即座に、
(私)「ああ、なんだその程度か。いいよ、やるよ。簡単だ」
と答えていた。私の頭のなかでは「100%可能、超楽勝」との答えを出していた。私の間違った自信がやはり、間違った方向に作用したゆえであった。横でハルヒ子が「え、でも川の水冷たいよ。冬だし、・・・大丈夫・・・?」などと言っていたような気がするが既に私はどのようにして広瀬川を攻略するかで頭がいっぱいだった。
それから1週間と1日、私は(授業中も)対広瀬川作戦を練るのに全力を費やした。私が危惧する事態は4つ。1つは広瀬川を泳ぐ事で不審者としてポリスに通報され、あえなく御用となることだ。これには・・・残念ながら有効な対策は無い。仙台市民の善意(?)を信じ、そしてせめてもの処置として人通りの少ない場所を選ぶしかない。同様に、溺れてるように見られてレスキュー隊に通報されるのもまずい。これは、まあ、楽しそうにやっていれば大丈夫だろう。次に、冷たい水にいきなり入ることでショック死することだ。これも、いかに勇敢な私とはいえ、いきなり全身で浸かる度胸は無いから心配は無用だろう。加えて、家からバケツでも持っていって決戦前に頭から水を浴びれば対策は完璧だろう。小学校の水泳の授業でプールに入る前に水浴びするのと同じ原理だ。最後の心配事は、私の根性が足りず途中で諦めてしまうことだ。しかし、これはありえない。この身は広瀬川に愛されている(とその時は根拠無く信じていた)からだ。
結局、ただ泳ぐのではつまらないので部員みんなから集めたお年玉(総額1649円)を川に蒔き私が泳いで探すということになった。
待ちに待った当日。私の気力はみなぎり、この上なく好調であった。天も私に味方し、その日は暖かかった。私は持ってきたバケツに澄んだ水を溢れんばかりにくむ。そして、頭から一気に被る。「ひやぉおうぅ、つべぇたぅぃ(冷たい)」と内心では思い、一瞬でこんなことになったのを後悔した。みなぎっていた気力も私の体温とともにどこかに奪われてしまったようだ。川の水は予想以上に冷たく、何回か被ると胸のあたりが痛くなってきた。「まさか、痛むのは心臓か!」と思い、この1週間と1日で全く想定しない事態が最初から起きるかもしれないのを私は実感した。しかし、私はやせ我慢するしかなかった。ハルヒ子に約束し、部員全員からお年玉を募った以上もはや後には引けなかった。しかし、水を被るのは当然のことながら前座にすぎない。真の試練はこの後である。私は開き直り、広瀬川へ突入した。異常な冷たさとそれによる足のしびれは予想済みだが、ここでも1週間と1日の間でまるで想定しないことが起きた。しかも、2つも。内容は以下の通り。(a)裸足だと石がごつごつして普通に痛い(b)石にこけが生えていてかなり滑る・・・私の1週間と1日はなんだったんだ・・・。絶望に打ちひしがれた私であったが、それを尻目にハルヒ子や報道部員Tはどんどん硬貨を川と投げ込む。「オノレ、貴様ラアァ、ソコマデシテ俺ヲ広瀬川ニ沈メタイカ!」私の内心はこんな感じだったがそれゆえに気力が再びみなぎったのは確かであった。3回ぐらい滑って転んで冷たい水にダイブしたとか、十円玉はこけや土の色に似ていて大変見つけずらいとか、胸まで浸かるとやはり心臓が痛むとか、ハルヒ子とTが好き放題蒔くからどこいったか分からない硬貨がたくさんあるとか、足はおろかふとももも感覚がなくなるとか、指がいつのまにか切れて血が出てるとか、なんかもう足は感覚がないどころか言う事聞かないとか、どういうわけか日が陰ってきたとか、その他諸々の試練を越えた私であったが、最後には力尽き広瀬川の藻屑となったのであった。
結局、回収できたのは1306円のみであった。広瀬川にはまだ報道部員のお年玉が343円残っている。しかし、私はもう一度挑みたいとは思わない。仮にこのお年玉で温かい靴下がたくさん得られたとしても、私の中から温かい「何か」が抜け落ちたのを私は確かに感じたのだから。
