東北大学新聞:

現役東北大生の東北大模試挑戦

時は今から3年前、「目指せA判定、東北大生、模試に挑戦」という部のネタ企画で見事にA判定を取り、文学部で3位、教育学部では1位に輝いた先輩がいた。

我が報道部で伝説となっている。それに倣って一昨年、去年にも部で東北大学模試を受けているのだが結果は散々だったらしい。その黒歴史を払うために、もとい3年前の栄光を取り戻すために今年も我々は模試に挑戦したのであった。
9月下旬。目標はA判定。立ち上がったのは6人の1年生たち(当時)。挑戦者の紹介をしよう。
まずは理系の3人から。1人目は理学部物理の八神月(偽名、以下略)。彼は全ての教科を完璧にこなすA判定候補だ。2人目は私、理学部数学のああああ。私は英語が極端にできないが、それでも他の教科でカバーしてA判定を目指す。そして工学部機知の伊吹風子。彼も現役時代は成績上位者で現役のころは早稲○にも受かっている。
次に文系3人。バイトで塾講師をしている経済学部のトトロ・ポニョと文学部の鈴木六郎。この2人なら学力は落ちていないだろうと期待。そして法学部の東北大新聞だ。
さて、最強の布陣をひいた。あとは模試を受けるだけ。
当日。教室の入室時間は8時45分までだったので集合時間を8時半とし、集合場所を河合塾前にした。みんな集まって試験会場の中へ入ると、そこで目に付いたのは「高二全国記述模試仙台会場」の文字。あれ?受付の人に東北大模試はどこであるんですかと聞くと、中央校舎といわれた。あれ?仙台に河合塾は1つしかないと思い込んでた私のミスだった。新聞のネタにはなるけれど…。45分には間に合わない。遅れて受けさせてもらえるのだろうか。そんな不安をもとに中央校舎に到着した。会場を確認すると理系はH31の教室だった。エレベーターに乗り、4階である文系の仲間と「お互い頑張ろうね」と言って3階で降りた。しかし、辺りを見回しても教室が見当たらない。近くの部屋に入り、H31ってどこですかと尋ねてみると、どうやらこの建物ではないらしい。本館の3階といわれ、そこまでの道を聞き、本館へ移動。本当に間に合うのだろうか。教室へ入ると同時くらいに「みなさん席に着いてください」といわれた。ギリギリセーフ。無事に受けることができた。ピンクの受験届に記入し準備万端だ。
最初の科目、理科が始まった。まずは化学第3問、有機化学から解き始めた。受験時代からこうだった。ベンゼン、ヨードホルムなど懐かしい単語が並んでいる。なかなか順調と思いきや、最後の構造決定が決まらない。正しくは1つに定まらない。現役時代は一番の得点源だった有機化学が、と思い20分経ち、第2問、第1問へ。
問題を解いてる途中、試験監督の人が私の横にやってきて、ピンクの受験届をさして、「氏名を書き直してください」といった。「偽名はだめですか」と聞くと「書き直してください」と。さすがに、「ああああ」という偽名はふざけすぎていたのか、試験官の表情は少し怖くも思えた。
化学が一通り終わり、物理へと移る。第1問、力学。力学なら大丈夫と思い、問題を解いていく。途中条件が複雑になりすぎた。時間をかければ解けるかもしれないが、飛ばすことにした。第2問、電磁気学。やばい、式がほとんど抜けてる。式を思い出そうとし、とりあえず空白を埋めるが全く自信がない。第3問は熱力学。その中の問2。全く方法が思いつかない。以下全滅。
残りは化学の飛ばしたところを埋め、有機の構造決定に時間を割くも、そこで終了。
150分ってこんなに長かったっけ。久しぶりに頭の使う容量を超えた気がする。風子は「今の地位を大切に、今後単位を落とさないように頑張るから」と言って、英語、数学を受けずに戦線離脱した。
十分に休息できないまま、数学が始まった。一通り問題を見渡して、方針が立てやすそうな問題から解き始めた。一問目、積分と体積。Z=tの断面を考える。場合分けをして、式を立てた。あとはこれを計算するだけ。
あれ?積分が出来ない。他の問題から解こう。確率、整数、空間ベクトル、極限など他の分野は大体できた。そこで終了。数学に関して、知識はまだ残っているが計算スピードが落ちた。数学科なのに情けない。
10分の休憩を挟んで英語の試験。これだけ数学に頭を使っていきなり英語に切り替えられるわけがない。もう体力が残っていない。長文を読む力がない。とりあえずわかる範囲で長文を読み始めたが、内容がわからない。下線部を読み、わかる範囲で和訳し、知らない単語は推測または飛ばして和訳した。空欄に適する単語を選べ。わからない。第2問。また長文。今度は文脈はつかめた。でも肝心の下線部の単語がわからない。第三問、和文英訳。使いたい表現が全く出てこない。少ししかなかった知識の9割を失った感じ。見れば思い出すのだろうけど。本当に幼稚な英文になった。むしろ英文にもなっていないかもしれない。もう何もわからない。あと試験時間が30分あるのに。
暇だからさっきの数学の解けなかった問題でも解くかと思い、白紙のページを開ける。問題文を思い出し、計算をする。
そんなこんなで試験すべての日程が終了した。模試ってこんなに体力を使うものだっけ。知識の衰えよりも体力の衰えを感じる自分が悲しくなってくる。つらい。特に周りの雰囲気がピリピリしている。受験時代を思い出す。このような場所でネタ企画をするのはつらい。同理由で写真を撮れてない。ごめんなさい。
12月中旬、6通の成績が自宅に送られてきた。そういえばうちの住所書いてもらったんだっけと思い、部室にて順番に開封する。
まずは六郎から。結果はなんとA判定だった。さすがは先生。すべての教科で平均を超え、国語、英語に関しては偏差値60を超えている。まさか最初の人で今回の目標が達成されるとは思わなかった。
そして後は一斉に開けた。結果は月とああああはA判定、ポニョがC、風子と新聞はD判定であった。みんな都合よくばらけてくれた。ちなみに今回はD判定が再検討を要す、学習法を一考せよである。文系はみな似たり寄ったりの点数だったが、勝敗の分かれ目は配点であった。みな悪かった数学配点が経済・法学は33パーセントに対して文学部は20パーセント。
逆に理系陣は対照的な成績。途中で帰った風子は論外として、全てバランスよく取れている月と、英語の偏差値が30もない私。よくこれで受験したなぁと思うもA判定であるから何も言うことはない。
今回はA判定が3人もでるという快挙(?)を成し遂げた。ここにて報道部の黒歴史は終わりを告げ、また新たな歴史を刻むのであった。そしてこのような企画が今後も続くのかどうかは今年入ってくる1年生次第である。

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