東北大学新聞:

自転車で○○へ行こう

ある日の部会にて375号のネタ記事を決める際に「自転車で○○へ」と決まったはいいものの担当がだれもつかない。しょうがなく「俺が持ちますよ」と言って担当になってしまった。それがこの記事の始まりである。

ちょっと俺のプロフィールを紹介しよう。俺の名前は奥野細道。もちろん偽名。理学部数学科の2年生、報道部歴1年と2カ月。そんな俺は近日中の予定は予習復習、レポート、テスト勉強、取材、バイトとチャリでどこかにいく時間などない。結局金曜のバイト終わりの足で、とりあえず北に向かうことにした。これはそんな奥野の徘徊文である。
五月三十日、午前一時七分。天候は雨。ただ編集まで時間がないので決行するしかない。バイト帰りの俺は荷物をまとめ東北大学川内チャンパスを後にした。手荷物は着替え一組と2Lのペットボトル、それにカメラだけ。これからの旅日不安と期待を抱きながら出発した。ここで一句

旅人が住み代わるよぞ雛の家それでも俺は戻ってくるけど

五月三十日、午前四時十二分。青葉区を抜け、泉中央、富谷、三本木を過ぎ、現在古川の北部辺り。ひたすら四号線を北上しているわけだが、都市部から外れているせいか電灯もほとんどなく、雨のせいで視界は最悪。その上トラックがすごいスピードで後ろから抜いていくのでとても怖い。
五月三十日、午前六時三十五分。大崎市を抜け、栗原市築館、金成にさしかかる。すでに太ももが筋肉痛で、限界を感じている俺に希望を与えてくれるのは、一関まであと○kmという標識だけ。そんなこんなでようやく宮城と岩手の県境を越えた。
午前七時一九分。岩手県一関市の中心部に到着。普段は規則正しい生活をしてる俺は睡魔に襲われながら一関でしばし休憩することに。そのころには降っていた雨もやみ、俺の服も大分乾いていた。さらに北に進むか南に下るか考えながら国道四号線に戻ると仙台まで88kmとあった。もうそんなにチャリをこいだのかと感慨にふけりながら、まだ北へと上るのであった。
五月三十日、午前八時三十一分。一関からわずか7km。平泉についた。せっかくなので少し見学でもしていこうと思ったが、先の長い旅である故、次の目的地へ向うことにした。ここで一句

五月雨が降り残した光堂急ぎの旅で見ることできず

五月三十日、午前十二時五十七分。岩手の一関と盛岡の中間にある都市、奥州市についた。今日の昼頃に空さん(報道部の先輩)がバイクで俺のもとに駆けつけて来てくれると約束したのにメールも電話もない。明日の昼は新聞の編集作業がある。そろそろ潮時かなと思い、心残りがあるが仙台へ戻ることにした。

夏草や兵どもが夢の跡俺の夢はここでついえる

五月三十日、午前二十二時二十四分。帰り道、雨が降っていたが、少し遠回りして松島を経由した。

松島やああ松島や松島やああとは見れない無念を表す

五月三十一日、午前三時七分。ようやく仙台の自宅にたどり着く。昨日は24時間中22時間は自転車をこいでいた。だめだ、もう寝よう。
ここで奥野の徘徊文が終わる。

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