東北大学新聞:

「若さ」を取り戻せ 報道部缶けり大会

ある日のこと。私は小学生が遊んでいる姿を目撃した。

男の子3人と女の子5人である。男の子が女の子2人を追いかけていた。鬼ごっこである。微笑ましい。しかし、私の心には一抹の寂しさが去来していた。心の老いた私にはあの男の子のように無邪気に女の子を追うことはできまい。きっと邪まな感情が邪魔をしてしまうはずだ。もう私は「若く」ない・・・。夜道、現実に打ちひしがれた私は1人、泣いた。
次の日のこと。ショックのあまり夜も眠れなかった私は最も心の「若い」友人であるハルヒ(男?・仮名?)に自らの思いをぶちまけた。すると、彼はあの男の子が追いかけている女の子をみつめるような優しげな顔で諭してくれた。
「子供の遊びをすればいいんだよ。僕たちも女の子を追いかけよう!」
私の魂は熱くなった。そう、彼の言う通りあの男の子と同じことをすればいいのである。しかし、私は思った。缶けりの鬼になれば女の子が向かって来てくれる。そして、「若さ」も取り戻せる。まさに、一石二鳥である。僕はその考えをハルヒに述べた。すると彼はあの笑顔を私に向け、賛意を示してくれた。
以上のような妄想のもとで私は本気で缶けりがしたくなった。純真無垢な新入生なら私の真意に気づかず参加してくれるだろう。私は逸る気持ちを抑え冷静に1人ずつ新入生を誘った。
そして缶けり実行日。来た新入生は・・・さやえんどう(仮名・男)とマロン(仮名・女)のみであった。一方、上級生は2年生である私とハルヒ、3年生のなおたん(仮名・男)。新入生2人に対して上級生3人・・・。私の(邪な)真意は見抜かれていたのか・・・。なぜだ・・・。
5人で缶けりをすることは非常に寂しいので再度、仲間を募ることにした。はたして、来てくれたのは1年のスズキ(仮名?・男)、2年のタハラ(仮名・男)、そして編集長の遼太(仮名・男)。男しか来てくれない・・・。なぜだ・・・。
これ以上仲間を募っても、ろくなことにならないという天のお告げがあったので、私は泣く泣く缶けりを決行することにした。ルールは単純。鬼である私が缶の周辺をうろつき、その他全員が缶に群がり蹴飛ばすというものである。蹴飛ばすのは鬼ではなく缶である(ここ重要)。蹴った回数が1番多いものが優勝だ!ただし、缶を狙う間に顔が割れてしまい、鬼が缶を踏みながら3回名前を呼ばれたらその人は捕虜になる。捕虜は誰かが缶を蹴るまではゲームに参加できない。缶は見晴らしのよい厚生会館前の広場に置く。
勘のよい読者は気づいたかもしれないが、鬼の勝ち目はほぼない。1人だし。しかし、Mである私には最高だ!!
18時50分、ゲーム開始。最初の10分は何もなく過ぎ去った。しかし、突如、私の電池が切れかけている携帯からけたたましい音が鳴る。編集長の遼太からだ。曰く、「早く探しに行ったほうがいいよ。僕がどこにいるかわからないだろ。僕が缶食べちゃうぞ」だそうだ。どこのホラーだろう。まあ、彼なり宣戦布告であろう。しかし、さすがに缶を食べられるのはまずい。ゲームが終わってしまう。そんなわけのわからない考えを延々と続けていると厚生会館から近づいてくる人影が・・・。あれは、タハラ!しかし、私の方が缶に先に届くっ!私は缶を踏み、「タハラ、タハラ、タハラ」とその名を3回呼んだ。彼はがっくりと肩を落としあえなく捕虜となった。
しかし、遼太はどこへ行ったのだろうか?あの怪奇電話の後、連絡は来ない・・・。するとまた私の携帯がけたたましい音をあげた。ハルヒからだ。
「もしもし、なに?」
「僕、今、掲示板の裏でアイス食べてるんだ。おいしいよ。探してごらん」
だそうだ。
無邪気な。私は疑心暗鬼に駆られ、そして迷った。ここで、ハルヒの挑戦に応じるべきか、闇に潜む遼太を探すべきか、缶の側で待機すべきか。おそらく、掲示板の裏にハルヒはいないだろう。しかし、それでも向かうのが「若さ」というものではないだろうか?私はほとばしる自らの「若さ」に身を任せハルヒを探しに向かった。やはり、いない。そして、後ろを向くと、缶に迫る遼太の姿が・・・。
その後は散々であった。遼太に蹴られたのを皮切りに皆でよってたがって私をいじめた。私も一時は4人捕まえるなど健闘したが、1度蹴られれば全員解放である。誰も捕まえていない間に5回連続で蹴られるという珍事もあった。参加者全員が缶を蹴ることができた。結局、皆があきるまで20回以上は缶を蹴られ、スチール缶はあちこちがへこんでいる無様な姿へと変貌を遂げた。
優勝者は缶を4回蹴った新入生のさやえんどうであった。遼太は様々な工作を施す反面、捕まることも多かった。ハルヒはというと、「バイトがあるので僕帰る」だそうだ。
戦いの後、優勝者のさやえんどうを称え、賞状と賞品である西友のねぎが贈られた。彼はこのような言葉を残している。
「先輩、俺、ねぎ大好きですよ。だって、ねぎは風邪の時に使えて便利じゃないですか」
さて、何に使うのだろうか?私にはついぞ「若」者の考えはわからなかった。

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