東北大学新聞:

375号一言居士

単位、語の定義としてはこうである。

「高校・大学で、進級・卒業の資格を認定するために用いられる学習履修計算の基準」。つまり、単位とは「基準」であり単位修得とはその「基準」を満たすことにすぎない。
単位修得のみを目的に勉強するということはその「基準」を満たすためだけに努力するということである。これは自己の向上を目的とした努力と同義ではない。前者は、極端な話、単位が無条件で修得できるなら努力する必要はない。一方、後者は当人が目的意識を失わない限り続くものである。
単位というものを別の視点から考えるとさらに興味深い。単位認定・成績評価にはテスト、レポートなどが参考にされることが多いが、これらはいずれも「一過性」の力の証明にすぎない。つまり、単位修得を成しえたからといって、必要な知識・技術の「習得・吸収」したことの証明にはなっていないということである。1年次に学ぶ専門科目の基礎の部分を、単位修得済みの4年生が吸収しきっていない、このようなことだってありえる。
本来、大学の授業・講義とは知識・技術の「習得・吸収」のためのものである。決して、単位修得のために存在するわけではない。しかし、単位を至上目的にしている学生が多く、彼らの熱意を駆り立てる授業が少ないのが現状である。
単位というものから離れて、自分が本当に必要とする講義を選んでみてはどうだろうか。そして、個々の目的意識を持って授業には臨んでみてはどうだろうか。必ず「自己の向上」につながる努力ができるはずである。

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