石田元総長 死去
本学第15代総長の石田名香雄氏が昨年12月4日午後1時13分、肺炎のため死去した。86歳だった。石田氏は1923年新潟県上越市生まれ。46年、旧東北帝国大学医学部を卒業。細菌学を専攻し、53年には新種のウイルスである「センダイウイルス」を発見。83年から89年には本学の総長を務めた。総長時代には新潟を含めた東北7県の産学官連携推進を目指す「東北インテリジェント・コスモス構想」を提唱。学内外を問わず大きな足跡を残した。87年日本学士院賞、96年勲一等瑞宝章。
1952年、本学付属病院の産婦人科病棟。新生児肺炎が院内で流行した。抗生物質を投与したものの効果が表れず、発症した17名のうち11名が死亡した。
事態を受けて原因究明に乗り出したのが細菌学教室の石田名香雄氏。新生児の肺乳剤をマウスに移し、経過を観察した。その間、器具の使用のために東奔西走し、ウイルスの分離に成功。研究への道が開かれた。
未知のウイルスと考えられ、仙台の地名を冠して「センダイウイルス」と命名された(正式名称はマウスパラインフルエンザ1型ウイルス。その後、センダイウイルスには異種のウイルス同士を融合させる作用があることが発見され、今日でも微生物学などを中心とした分野で活用されている。
1960年、石田氏は医学部の細菌学研究室(現在、免疫学分野・微生物学分野)の教授に就任。研究者・教育者として多くの人材を輩出した。医学系研究科微生物学分野の押谷仁教授や宮城県立がんセンター総長の菅村和夫氏(前医学研究科長)も教え子の一人だ。
石田氏は75年に医学部長、83年には本学第15代総長に就任。今度は大学の統率者として辣腕をふるう。東京への一極集中やそれに伴う地方の格差が顕在化する中、「東北インテリジェント・コスモス構想」を提唱。新潟県を含む東北7県における産学官連携を推進した。87年には東北インテリジェント・コスモス構想推進協議会が発足され、石田氏は初代会長に就任した。「インテリジェント」は「知性」、「コスモス」は「調和」を表わす。新潟県を含めると東北地方の人口は1100万人強。地方としての面積は最大となる。「東北」を21世紀の国際社会における研究・産業の中心と位置付けた野心的な構想であり、その存在意義は大きい。現在では株式会社インテリジェント・コスモス研究機構を中心に、研究開発型会社の設立・支援が進む。
センダイウイルスの研究の他には、B型肝炎や日本脳炎の予防研究など多方面で活躍。制がん剤の研究も手がけた。80年には野口英世記念医学賞、87年日本学士院賞などを受賞。89年に仙台市名誉市民の称号が贈られ、96年には勲一等瑞宝章。
昨年12月4日午後1時13分、肺炎のため死去。86歳。
